2026年3月号

何か、熱中していたことが、ふと形になるかもしれない。

 神戸学院大学人文学部の中山文先生のゼミを卒業後、33歳の時に発症した精神疾患から復帰し、色鉛筆アーティストとして活躍されている田寺誠人さんにお話を伺った。

絵を描き始めたのはいつですか?

 学生の頃に同じマンションの隣が絵の先生をされていて、行き来するうちに絵を教えていただく形になりました。今は色鉛筆画しか描かないんですけれども、その時は油絵を習っていました。

なぜ色鉛筆画を描かれるようになったのですか?

 絵の先生が言われるのに、油絵の良いところは修正できること。ナイフとか専門の道具で削って、上から重ねて描くことができる。先生の意図としては、油絵をうまく描くんじゃなくて、自分の感性をより引き出しやすい状態を子どもに体験させて、堅苦しい絵画教室というよりも、自由な発想のために油絵を教えていた。ただ中学、高校はもう絵を描いていなかったんです。大学の時にアニメにハマりまして、そこからあらためて絵を描くようになりました。当時、手持ちの油絵の具が残っていない時に、偶然色鉛筆があって、それを手に取ってアニメを見て絵を描くということをやっていました。



田寺さんの作品たち

なぜカラフルな色使いで描かれているのですか?

 33歳のときにちょっと大きな精神的疾患にかかりまして、6か月近く入院したんです。そこで個別活動として塗り絵の枠が用意されていました。6か月という長い期間に、塗り絵ってすごい枚数を描いたと思うんです。退院後に復帰するための訓練の中でも塗り絵の時間があって。その塗り絵を見た、同じリハビリをしている人に頼まれて自分で犬とか猫とかを描くようになりました。最初はそのままの絵で描いたのですけど、例えば森であっても一色で描くのはつまらないので青を混ぜようかとか、ちょっとずつ自分流のやり方が入っていって、今から6年前くらいから展示会を始めたんですけど、その頃にちょっとずつ色が変わっていったんです。それを見たお客様の感想が、かわいらしい色だとか、虹色みたいだと言ってもらって、そういう絵のほうがいいなと思って、色をどんどん増やしていきました。多彩な色で表現するというのは、段階的に進んでいったという感じになります。

 

アーティストという仕事としては、いつから始められたのですか?

 お金をいただくような流れになったのは、4年前くらいかな。「パラリンアート」というウェブサイトがあって、障害があってかつ作品を描いている方々が、まずそのサイトに作品を投稿します。それを見た企業様が、作品の使用権を買って、その報酬が作家に入る。その流れで、初めて絵でお金をいただきました。それ以前に、6年前の展示会というのは喫茶店で紹介されていたんですが、その時はポストカードだけ販売していました。展示して、いろんな人が感想を書いてくれるのが楽しくてやっていたんですが、その中で先輩にパラリンアートを紹介していただきました。そこで早い時期に、ニューバランスのTシャツのデザインに採用いただいて、最近では、2026年のダイソーのカレンダーのデザインの一部を私が担当しています。

 

 

作風は自然に変わっていきましたか?

 一つは、展示会の感想ですね。こういうのがいいとかいうのは全部読んで、次の作品に活かしていく。特に販売を意識するようになってからは、より評判の良い絵の方を重点的に描く。その中で次第に工夫をして、より綺麗でより美しく、影をつけなくても色合いをつけることによって色だけで立体感を表現する。グラデーションを適当に描いているわけではなくて、濃い色と濃い色の間に薄い色を入れると、こういう鮮やかなグラデーションができる。ここが紫から青に対して、こっちは青から紫と逆の組み合わせをして、複雑な構成をしているように見えるんですけれど、ある程度法則化して色をつけている。濃い色から薄い色になっていく、今度はその組み合わせを変えるという風に、グラデーションの法則化に取り組んでいるところです。

独特な表現方法について、影響を受けた作品などはありますか?

 展示会の感想も影響は大きいのですが、自分の中から湧いてくるものの方が大きいですね。アニメを見た記憶だったりとか、テレビを見たり映画を見たり、いろんな色とか表現とか、いわゆるCGでもっと色が多く使われているのを見て、いつの間にか自然に吸収したものを自分の中で噛み砕いて表現するとこうなるということ。それは感覚なのかセンスみたいなものなのかは分からないんですけれども、そこでは決して小学校の時の油絵も無駄になったわけじゃない。油絵は何度も描き直していたけれど、色鉛筆画は一発勝負だけど、一発勝負の中に、いろんな色を使っていこうとか、慎重に色を選んでやっていくというのは、小学校の時にやっていたことも決して無駄ではなかった。そういうこれまでの人の繋がりとか縁のようなものを非常に感じております。

 

 

学生へのメッセージをお願いします。

 今でも大学の中山先生のゼミで一緒だった友人と25年近く経っても交流があるので、その繋がりがあるということにすごく感謝しています。学生にも人との繋がりを大切にしてほしいなというふうに。好きなことが、いつどこで、どうなるのかわからない。絵を描いていなかったら、もしかしたら「病気になりました、会社行ってます」だけに終わっていたかもしれないですね。でもそのときに、何か熱中していたら、サークルでも何でもいいと思うので、もうちょっと深く入ってみて、自分の好きなものを、何かちょっと見つけて続けていくと、40代になったときにそれがふと形に繋がるかもしれないので、そういう感性とか今好きなものとか、大切にしていただきたいと思います。私が少し悔いているのは、あれだけマンガ好きだったらマンガ研究会に入っておくべきだった。入らなかったことを、やっぱり今では後悔しているので、そういう機会を大事にしてほしいと思います。

取材・文/桐森 美光

取材後の感想

取材をしてみて、今までで一番多くの話を聞けたと感じます。アーティストの方と直接お話する機会は初めてだったので貴重な体験になりました。取材中は、作品を見せていただきながら説明を受けることができ、とても分かりやすかったです。また、アーティスト活動のことだけでなく、病気や学生時代、会社のことについても細かくお話をしていただき、とても充実した時間になりました。これからのアーティスト活動を応援させていただきたいと思います。
<桐森 美光>