2022年3月号

乗客の命を預かる重要な仕事。時間よりも安全を最優先に考える

阪急電車の車掌として活躍する岸采香さんを取材するために、阪急電車の西宮北口駅に集合。
取材は駅構内の会議室でしたが、撮影は近くにある西宮車庫の電車内。
勢揃いした多くの電車を見て、取材スタッフ全員のテンションが一気に上がりました。
取材/伊山明日香、一色樹  

Profile

1994年加古川市生まれ。大学卒業後、阪急電鉄株式会社に入社。神戸線に配属され、2年間の駅勤務を経て、現在、車掌として活躍中。
 

人の役に立ちたくて鉄道会社へ

やはり一番気になるのは、岸采香さんがなぜ鉄道業界をめざしたのか。その動機である。
「私の祖父が鉄道関係の仕事をしていて、小さい頃から祖父から話を聞いたり、働く姿を見ていたのが、興味をもつきっかけでした。もともと人の役に立つ仕事をしたかったということもあり、この仕事を選びました」
卒業後、鉄道就職系の専門学校に通うことなく、念願通りストレートで阪急電鉄に入社した岸さんが配属されたのは、神戸線の駅勤務。
駅スタッフの業務は、沿線案内や企画券および阪急グッズの販売、ICカードの処理などだ。
「他にも駅の清掃、車椅子や白杖をご利用のお客様の乗車のお手伝いなどがあります」
西宮北口駅、塚口駅などで2年間勤務。そして2019年に車掌転用試験に合格して車掌になった。
電車で車掌が乗っている場所は、進行方向の一番後ろであり、一番前が運転士である。車内放送、扉の開閉、出発時のホームの安全確認、電車内での乗客の対応などが、車掌の主な業務内容となる。
「目や脚の不自由なお客様がいらっしゃったときは、補助をすることもあります」と岸さんは優しくほほ笑む。
中でも一番気を使うのは、ドアの開閉ではないだろうか。急に飛び込む乗客の姿を見かけるのは日常茶飯事だから。
「そうです。そこは全神経を集中させています」
でも、実は飛び込み客よりも、飛び出し客の方が怖いそうだ。
「駆け込み乗車のお客様に対しては、駅のロケーションとかも頭に入っているので、お客様が走って来られる場所も大体わかりますが、車内から出られるときは本当に見えないので。傘だけ出ている場合もあって、そういうときはひやりとします」
話を聞いて、乗客の一人として気をつけなければ、と改めて感じてしまう。

車両の一番後ろで、マイクを持って車内放送


ドアの開閉は、乗客の動きに細心の注意を払う

 

身につけたい、トラブル時での冷静な対応力

トラブル時の対応も大変かなと?
「そうです。例えば電車が遅れている場合は、マイクを使って車内放送で遅れている理由を説明しなければなりません」
他にも、大きいものだと人身事故がある。あるいは踏切非常通報や車内非常通報があった場合や、急病人の乗客がいた場合、さらには乗客同士の喧嘩などいろいろなトラブルがあるそうだ。
車掌としては、とっさのトラブル時にも冷静に対応しなければならないが、経験を積まないと難しそうにも思える。
「そうなんです。私はけっこう苦手なタイプなので。イレギュラーなことが起こると視野が狭くなってしまいます。そういうときこそ、ゆっくり落ち着いて行動できるようにしないといけないな、と自分に言い聞かせているんですけど。まだまだ自信がありません」
ところで日本の鉄道といえば、時刻どおり正確に運行されることで、世界中の人々から驚嘆の目でみられていることはご存知のとおり。それだけに鉄道業務に携わる人たちは時間に厳格であり、寝過ごすことなどは絶対できないに違いない。
「しんどいですけど、今のところ大丈夫です。目覚まし時計を何個もつけて、気合で起きています」と岸さんは笑う。
「時間はやっぱりすごく気にしてしまいます。でも、時間を気にするより安全を優先しないと事故につながってしまいます。会社からも時間の正確さよりも安全が大事という教育を受けています」

嬉しいのは、一日何事もなく終えたとき

社会を支えている誇りはもちろんあるが、それ以上に命を預かっている責任感の方が大きいという岸さん。一日を何事もなく、誰も怪我をせずに無事に終わりますように、という気持ちでやっていることが多い。だから何もなかったことの方が嬉しいし、仕事中より終わった後の方が達成感があるそうだ。
その中であえてやりがいを探すとしたら。
「人の役に立ちたい気持ちがあるので、その気持ちを感じられたときにやりがいを感じます。イレギュラーなことがあったとき、思ったように放送で状況を伝えられたり、車いすのお客様を見かけてお声がけして、無事に目的地までご案内できて、ありがとうと言ってもらえたりすると、良かったなという気持ちになります」

乗客との対応は、同じ目線で行うように心がける

かっこいい女性運転士をめざして

岸さんが車掌の次にめざす目標は、運転士である。
「女性が運転しているって格好いいじゃないですか。憧れますね」
最近は女性運転士も増えつつある。運転士は、現場で働く人にとって一つの目標でもある。近く、運転士の受験資格が取れるので挑戦したいと思っている。
「今の段階では合格する自信は全然ないです」と謙遜する。
岸さんの取材では、阪急電鉄の採用担当の方が3人同席されておられたので、担当者のお一人に鉄道就職をめざす学生へのアドバイスを伺った。
「基本は鉄道に興味があること。鉄道の仕事をしたい、という強い気持ちがないと続きません。それに加えて、元気とコミュニケーション能力ですね。それらが備わっていれば、誰でもできます」
すかさず岸さんが次のように付け加えた。
「いろいろなお客様に対応するには、コミュニケーション能力が本当に必要だと思います。車掌の場合は、声だけで伝えないといけない場面が多くて。例えば、無線で司令の方や車両の前にいる運転士さんに今の状況を伝えたり、お客様に正確な情報を伝えるときがあります。電車走行中は時間がなく、頭で考えてすぐに言葉にしないといけないので、語彙力などが必要だと思います」
限られた時間内で、必要な情報を的確に伝える力が必要だということだ。鉄道の仕事に興味があって、コミュニケーション能力に自信がある人はぜひトライしてほしい。
取材中、常に笑顔で明るい岸さんなら、今後、どんな困難があっても、乗り超えられることだろう

2枚とも大学時代、仲間と沖縄マラソンに出場したときのスナップ。写真左から、岸さんは3人の真ん中、2人の左「学生時代は、フットサルやボランティア活動などをやっていて、けっこうアクティブ派でしたね」