Vol.26(2014年3月)
秋山 学

お金の魔力を心理学の力で解き明かしたい

産業心理学から経済心理学へ
取材・文 儀武 万梨萌

 

もともとの専門は産業心理学です。一口に産業といってもとても広い分野ですが、今の産業心理学は働く人たちのための心理学という側面が強いですね。商品やサービスを提供する側から見た時に、人の心をどう理解するか、どのような働き方がその人にとって適切なのか、どういうモノを作ったら私たち消費者は幸せなのか、そういったことを考える分野です。心理学の中では、目立たない研究分野なのですが、私はこの分野に造詣の深い先生との出会いに恵まれてきたようです。
大学時代のゼミの先生が、小嶋外弘先生という方でして、日本の産業心理学、消費者心理学の草分け的な方でした。「価格の心理」、「新・消費者心理の研究」などの著作がある先生でした。好奇心の旺盛な先生で、出来て間もない頃のディズニーランドに早々に行かれて、消費者行動を研究するなら、ぜひ体験してこないといけないと言われていたのを想い出します。それを聞いて20年後に初めてディズニーランドに行った僕は師匠以上に、古いのかもしれません。前任校でも、私の上司が人間工学や労働衛生を専門とする先生でして、「過労死」という言葉を世に出した研究グループの一員で、コンピュータ作業による健康障害の研究などで著名な先生です。こうした出会いがあって、働いて得たお金の使い道ともいえる購買行動、消費者行動が暮らしの中でどうあるべきか考えるようになっていったようです。
産業心理学には3つの側面があります。まず第一に、組織の中で働く人々の特性や問題を扱う側面。第二に、どういうものを作ると私たちの生活が潤うか、どういったモノが使いやすいか、使っていて事故が起こらないか、そういった人間の心理的特性を踏まえたモノづくりを支援する側面。第三にどういうものをお客様に提供するべきか、どのように宣伝すると良いのか、そのためにお客様の生活や心理を理解する消費者行動に関する側面です。最近、実は僕は「産業心理」という言葉を使わないようにしています。理由は企業側からの視点だけで消費者というものを考えたくないからです。私達は毎日何らかの形でモノを買って、使って、生活を成り立たせています。毎日のことだからこそ、上手にいいモノを買い、消費することができればそれだけ幸せに近づけるのではないかと思うんです。どういう風な買い物をしたらいいのか、大きく言うと、どういったお金の使い方をすれば幸せになれるのか。このような観点に自分の関心はシフトしてきています。日本でほとんど使われませんが、経済という言葉の相性が良くなってきていて、「経済心理学」というカテゴライズが自分の中でぴったりきます。言葉としてもほとんど使われませんし、歴史的にも使われてこなかったので使いにくいことこのうえないんですけどね(笑)。行動経済学というのが注目を集めていますが、その中身の多くは心理学が明らかにしてきたことです。経済学の仲間入りをするよりは、経済を考える心理学の方がいいなと思っているのです。

 

賢さの間隙を突く「振り込め詐欺」

神戸学院大学に来てから、私たちはなぜ悪質商法に騙されてしまうのか、そしてそれをどのように防げばいいのかということを研究の一つのテーマとしています。着任した年に市民向けの講座で話をするために、オレオレ詐欺を取り上げたのがきっかけでした。2013年度は被害件数、損害額ともにおそらく史上最悪となった年で、まさに待ったなしの状況といえます。出てくる手口や問題は10年ほど前からそんなに変わってはいないのですが、なかなか被害が減らないというのが正直なところです。では、わかっているのになぜ騙されるのか、という疑問に答えるためにはいくつかの課題があります。例えば、かかってきた電話が身内からのものかどうかを判別しにくいといった課題や、ATMを使ってお金を振り込ませる「振り込め詐欺」にみられるように、現金を使わない社会というのが私たちにとって予想を超えた難しさやリスクを持つことを理解しにくい、という課題です。分かっていても騙される、わかっていてもやめられないといったことは世の中にはたくさんあります。と同時に、我々はある種賢いし、賢くなっている部分もあるのです。ところが、常に賢いわけではなくて、いくつかの条件が重なるとなかなかうまく私たちの賢さが出てこなくなってしまいます。それが一体何なのか。買い物などお金を使う場面における人間のある種の愚かさや、過ちを起こしてしまうものとは一体何なのだろう、という事はずっと考えてきました。そういう流れの中で、「ポイント」といわれるお金のようなお金でないものに注目しています。

 

「ポイント」のマジック

ポイントが貯められるところが増え、様々なところでポイントが貯まるようになり、それと共に、ポイントがお金替わりで使えるところもどんどんと増えてきています。ポイントカードを使って支払うことはもはや珍しいことではないですよね。蓄えることも、いろいろなものに交換することも可能です。
ポイントはお金に近づいています。でもお金に近いものだったら、だれでも本物のお金のほうがいい。と同時に、100円の買い物で1円値引きますと言われるよりも、1ポイントあげますといった方が魅力がある。そのポイントが10倍なんて言われると、多くの人がそこに集まってくる。不思議ですよね。買い物するお客さんの心の動きとして、ある種の矛盾があるし、言い方が悪いですが良いように騙されている部分がないとは言えません。お客の心理としては、お金でないぶん何に使えるかわからないけど、空のポイントの財布に、どんどん積みあがっていくポイントがすごく嬉しい。何に使えるんだろう?ということもすぐに考えなくてもいいし、そもそも考えにくいようにできています。だから貯まる方ばかりが注目を浴びてしまいます。ところが、使われないままに消えていってしまうポイントも多い。毎日暮らしていく中で、お金はすぐに消えてしまいがちです。でもポイントは積み上がりやすい。価値あるものが増えていく過程には魅力がある。
しかし、そもそも、お金にしてもポイントにしてもそれ自体には全く価値が無いですよね?モノやサービスを交換する道具でしかない。でも道具でしかないはずのお金やポイントの持つ様々な性質により、私達はそれらにすごく価値を感じます。お金の魔力と言ってもいい。お金に関する研究は、それこそ心理学の歴史よりもはるかに古くって、私の手には負えないぐらい大きなテーマですが、心理学の研究や心理学で培ってきた様々な方法を使いながら、もう少しお金の魅力なり力なりというのを解き明かしたいと思っています。

 

見方ひとつで広がる選択の可能性

消費、お金の使い道を考えるということは、本当に毎日、毎日、選ぶことの連続だということに気づかされます。何を買うか、何にお金を払うか、どんなことに時間を使うか、様々なことを毎日選択していると思います。働いてお金を得るということは、選ぶ自由を手に入れたいからとも考えることができます。でも僕には学生達が、レールに敷かれてある程度用意されたものの中から選ぶのを好んでいるように思えるんです。でも、そうではなくて、自分の選択の可能性、選択肢って自分の見方ひとつで大きく広がりますし、その人にしかできない選択を積み重ねることこそが自分の未来を豊かにし、その人らしさ、ひいては人生を作っていくと思う。だから、自分の可能性を広げるということを意識してほしいし、挑戦してほしいと思います。どんな選択が将来大きな変化を導くきっかけになるかわかりません。就職をどうしようとか、どこに住もうとか、そういう大きい選択だけが人生の岐路にあるものじゃない。日々の小さな選択の積み重ねが大きな変化をもたらし得ることは意識してほしいと思いますね。

 

 

秋山 学

秋山 学(あきやま まなぶ)人文学部 人間心理学科 教授
同志社大学文学研究科博士課程後期 1993年退学
修士(心理学)

1993-2004 大阪教育大学 教養学科
2004-   神戸学院大学
2001-2002 スウェーデン国イェーテボリ大学心理学部研究生
イラスト 鈴木 亜沙美