2015年3月号

欧州で輝くロンギヌスの槍

歴史と伝統の重圧の中で考え抜いた起死回生の策はアニメとのコラボだった。
(文・撮影:末廣 梨紗 岩岡 達也)

 

なにかしら安易な気持ちで訪れることを許さないようないかめしいイメージを感じてしまう備前長船刀剣博物館。この博物館は田園風景が広がる「刀剣の里」の中にある。館内は静かで、ほのかな明かりが館内を照らしている。受付の方に用件を話すと、ほどなくして植野さんが現れた。お忙しい業務の合間をぬってお話を聞いた。

 

広告代理店の営業から学芸員へ

「絵が好きということもあり、美大を受験したけどダメだった。そこで一浪して、神戸学院大学を受験したらたまたま合格した」と人文学部に進学したいきさつを語る植野さん。絵の他に歴史も好きだったから大学ではそれにのめり込んだ。大学院にも進学して学芸員の資格も取って、あわよくば研究職の道へと考えていたが、訳あって岡山の広告代理店に就職した。
「備前長船刀剣博物館がリニューアルオープンを機に学芸員を募集していた。営業回りをしているときにその話を聞きつけ、試験を受けたら採用してもらえた。出会いは大切だと思っています」

 

横から見る

同博物館は1983年に開館。2004年には、隣接地約3万2千平方メートルに鍛刀場、刀剣工房を整備し、「備前おさふね刀剣の里」としてリニューアルした。植野さんがここに席を置いたのはこのときだった。
リニューアル時こそ年間3万2千人の入館者数を記録したが、その後は再び2万人台後半で推移していた。一般的な美術館だったら、絵であれば洋画とか日本画とかいろんなジャンルのものを扱うことができるが、備前長船刀剣博物館は刀剣以外のものは扱えない。ひと昔前であれば、世に名高い刀を集めた「名刀展」を企画すればそこそこ来館者があった。しかし、世の中が豊かになりいろんな名品を見る機会が増え、一部の好事家以外は興味を示さなくなっていたのだ。
来館者を増やすには日本刀に興味がない人を集めるしかない。植野さんはどうすればいいのか考えた。
「真正面からものを見るのではなくて、横から見てもらえばいいじゃないか、たとえば『大相撲と日本刀』という展覧会をしました。横綱が土俵入りするとき、太刀を持って横綱にしたがう『太刀持ち』がいるでしょ。力士さんが持ってるのは本物の日本刀。真正面から『刀』を取り上げるのではなくて、『大相撲』と『刀』を組み合わせてみる」
いろいろな横綱経験者から土俵入り時の太刀を借りて展示する。そうすれば相撲ファンにも日本刀に興味をもってもらえるというわけだ。その他にも、『時代小説と日本刀』や『ことわざと日本刀』、刀を用いた占いである『剣相』をテーマにした展覧会も企画した。
真正面から刀を取り上げるのではなく、そういったいろんな「横から見る」企画展をやりながら温めていたのが大好きなゲームやアニメと日本刀とのコラボレーションによる展覧会である。

 

戦国BASARAとのコラボ

ポーランド共和国日本大使館広報センターでの刀剣鑑賞講座

「『ファイナルファンタジーXI』も『信長の野望』も登場する武器に『菊一文字』など日本刀に関する名前がつけられています。ワンピースでも『これは最上大業物だ』とかいうセリフがありますが、これって江戸時代にできた言葉で、刀の切れ味をランキング化した言葉です。ゲームやアニメの中には日本刀がなくてはならない構成要素となっている作品がある。そういうものとコラボできないかと」
植野さんが漫画家や出版社の編集者などいろんな人にこの話をしていたところ、舞い込んできたのが「戦国BASARA※1」とのコラボの話だった。「戦国BASARA」のテレビ放送がはじまったのが2009年。戦国時代を現代タッチで描き女子高生などを中心に熱狂的な戦国武将ファンを生んだ※2。2011年に映画封切りとゲーム発売が予定されており、キャンペーンを展開したい制作会社の思いと植野さんの思いが重なった。「戦国BASARA HERO武器・武具列伝」と名づけられた展覧会では、現代的な“イケメン”に描かれた伊達政宗や真田幸村ら有名武将キャラクターのパネルとともに、伊達家に伝来した由緒ある刀剣や武具など約50点を並べた。
この企画は見事に当たった。インターネットなどで特別展の情報が広がり、リニューアルオープンした2004年以降の年間平均入館者数2万7千人に迫る2万1112人をわずか44日間(開催期間2011年7月23日~9月4日)で集めた。
「ゲームや漫画は今や日本を代表する文化。日本刀に興味をもってもらうきっかけ作りが狙いだった」
大きな手応えを得た植野さんが次に取り組んだ特別展が「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展※3」だ。

 

エヴァンゲリオンからの挑戦状

「エヴァンゲリオンでは“ビゼンオサフネ”や“マゴロクソード”と名づけられた武器が出てきます。ビゼンオサフネはここ、マゴロクソードは岐阜の刀鍛冶『関の孫六』が由来のネーミングです。このように物語の中に日本刀がモチーフとして使われているのでコラボできればいいなと」
ちょうどそのころ、2012年秋の公開に向けて「新世紀ヱヴァンゲリヲン新劇場版※4」3作目の制作が進められていた。そのことを知った植野さんは角川書店の編集者を通じエヴァンゲリオンのライセンスを管理している株式会社グラウンドワークスに協力を打診した。
「交渉に行ったとき、刀匠さんに作ってもらった試作品を持っていったんです。それを社長さんに見せたらすごくおもしろがってもらえて。『それなら、映画からインスピレーションを得た新しい日本刀を作れないですか?』と言われました」
長い歴史があり伝統を重んじるものづくりの世界では、先人が築いた技の世界をどこまで再現できるかが評価される。しかし、それが生き続けていくためには、伝統を踏まえた新しいものづくりによって伝統を更新していかなければならない。これがきっかけになって新しいものづくりへの気運が盛り上がればと、地元の職人さんたち約15名を前に「エヴァンゲリオンから日本刀づくりの世界へ挑戦状がきた」とぶち上げた。
「博物館から制作費はいっさいでませんが、この企画展が成功すればみなさんの名前は絶対後世に残ります。しかし今回の試みははじめてだからもしかすると悪名として残ることも考えられます。それは歴史が決めること。どうなるかわかりませんが、とにかくやってみませんか」と語って、みんなでエヴァンゲリオンを見た。

 

度肝を抜くロンギヌスの槍

すると、「ここのデザインはこういうふうにしよう」とか「ここは伝統的な図柄と合うよな~」など、いろんな意見が自然発生的に飛び出しとんとん拍子で事が運びデザインラフが仕上がった。それをグラウンドワークスに見せて了解を取り、作りはじめた。最終的には長船をはじめ東京や宮崎、岐阜などの若手の刀匠たちが中心となり師匠らの協力も得て、刀身彫刻や研師、鞘(さや)師ら約50人の職人が分担し、エヴァンゲリオンからイメージされた創作刀剣23点が完成した。
展覧会ではエヴァンゲリオン初号機のフィギュア(約2メートル)や2大人気キャラクターである綾波レイと式波・アスカ・ラングレーの等身大フィギュアとともにこれらの創作刀剣と実際の日本刀や鐔(つば)などが展示された。その中でもひときわ目立ったのが、物語の鍵を握るとされる二股の「ロンギヌスの槍」だ。
この展覧会は企画発表後からネットやツイッターを通じてじわじわと反響が広がり、会期中の(7月14日~9月17日)来場者数は4万7045名で過去最高を記録した。その後、同展は東京、大阪など7会場を巡回し、さらに独立行政法人国際交流基金の協力を得て、2014年にはパリとマドリードを巡回。パリは約5500人、マドリードは約2万1千人が来場した。
刀工の世界にも新しい風を吹き込み、アニメファンからも注目され新しい刀剣ファンを獲得し、日本刀という強みを生かし快進撃を続ける備前長船刀剣博物館の企画展。これからはどうなるのだろう。
「『ファイナルファンタジー』には菊一文字、備前長船、虎徹と名づけられた武器が出てきます。調べてみたんですが『ファイナルファンタジーXI』では登場する刀の4分の1は実在する日本刀の名前が使われています。『ワンピース』も刀や剣を使って戦うキャラがいっぱい出てきます。よく言われるのが『るろうに剣心』ですね。コラボしてみたい作品はいろいろありますが、まず、相手に合意してもらわないといけないし、実現させるためにはそれぞれいろんなハードルがあります」

 

すべてが糧になる

めったになれない学芸員という職を得て、刀とアニメを結びつけ、世界に響く大ヒットを飛ばす。どうすればこんなにうまくいくんだろうか。
「小さいころから絵が好きで美大をめざした経験、高校時代の留学経験、学生時代に取り組んだ学問、卒論で取り組んだ『二条河原落書』、広告代理店で勤務したころに培った企画力…人生のある時期にそのつど一生懸命取り組んだことはすべて自分自身の糧になり、それが今に繋がっている」
人脈もそうだ。広告代理店時代に培ったテレビ局の人たちとのつながりのおかげで、新しい催しも取り上げてもらえるのだ。
社会に出てなにをなすのか、なにをなしたいのか。漠然とした思いはあるが具体的にはなっていない。その時々に自分に与えられたテーマを一生懸命に取り組み、人びととの出会いを大切にすればなんとかなる。今回の植野さんの話を聞き、私はそう考えるようになった。

 

ロンギヌスの槍(制作:三上貞直刀匠、橋本庄市)

 

長さ3・32メートル、重量22・2キロ。複数の金属を層状に重ねる手法で、2枚の刃には「綾杉(あやすぎ)肌」と呼ばれる模様が浮かぶ。らせん状の柄も迫力満点だ。

 

※1 『戦国BASARA』(せんごくバサラ)はカプコンから発売されているアクションゲームで、テレビアニメ化やアニメ映画化、舞台化やテレビドラマ化や実写映画化、その他ドラマCD化や漫画化や小説化もされている。
※2 「歴女」という言葉はこのころ使われるようになった。
※3 新世紀エヴァンゲリオン 1995年10月から全26話放送されたテレビアニメ。2015年の日本を舞台に、「使徒」と呼ばれる謎の生命体と人型兵器エヴァンゲリオンに乗って戦う少年少女らを描く。斬新な映像表現や独特の心理描写に加え、多くの謎が解明されないまま終了し、賛否両論と社会現象を起こした。DVDやゲーム、衣類、雑貨など関連商品・企画多数。2007年から内容を一新した映画「ヱヴァンゲリヲン」が順次公開されている。
※4 「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」は、「新世紀エヴァンゲリオン」のリメイク作品である。

 

備前長船刀剣博物館 〒701-4271 岡山県瀬戸内市長船町長船966

 

博物館がある瀬戸内市長船町は鎌倉時代から刀鍛冶の本場として栄え、優れた刀匠を多く生み、質・量ともに他国を圧倒し、長年に渡って隆盛を極めた町。このような伝統を守ろうとする人々の願いから、町当局が発起して、1983年に備前刀の展示とその歴史、鍛造の工程などの資料を公開し開館した全国的に少ない日本刀の常設展示館。備前刀を中心とした特別展・テーマ展を年間各3回ずつ開催。展示品は30口であるが、この他館蔵品が約300口ある。刀剣展示場のほか、日本のさまざまな伝統美術工芸の技を受け継ぐ職人が実際に作業する工房を一般公開している。刀身研ぎから刀身彫り、鞘や柄の製作風景まで、刀剣づくりにかかわる作業工程を間近に見学できるようになっている。

「岡山の博物館めぐり」(川端定三郎)、おかやま旅ネットより