2014年3月号

人文で鍛えた遊び心を活かす

子どもが好き、ファッションが好き、食べることが好き、
そして考えることが好きな先輩が得た仕事とは―――
(文 谷川 晴香 写真 尾西 愛美)

 

東京駅から地下鉄に乗り換え、たどり着いた先は、あのスカイツリーがある浅草。駅から歩くこと約10分、株式会社メガハウスがあるバンダイ第二ビルに到着。受付で要件を告げる。
メガハウスという名前には馴染みのないひとでも、「オセロ」や「ルービックキューブ」なら知っているはず。そんな国民的定番商品も販売しているメガハウスはバンダイナムコのグループ会社なのだ。
ほどなく中村さんが現れた。スーツを着ていないからか、大学のサークルにいそうな面倒見のいいやさしい先輩風。
「アパレル系やホビー業界、IT業界も私服が多いです。毎日、何を着るか悩みます。けどスーツよりも動きやすい」
中村さんは、入社後1年のニューフェイスなのだ。年齢が近いこともあり、緊張感がとけていく。

 

建築から世界史へ

高校時代、世界遺産の本を眺めていると、イランのイマームというモスクの青色に目が止まった。「すごく綺麗だ!」と建築にハマった中村さんだが、建築はそこに人の営みがあってこそのもの。土地それぞれの文化や歴史を知らずして、建築のことを深く知ることはできないと思い、まずはしっかり世界史の通史を学ぼうと、人文学部を選んだ。しかし、2年生になって中国演劇のおもしろさにめざめ、後期のゼミ選択では悩みに悩んだ末、中国演劇が専門の中山先生のゼミへ進んだ。
「ゼミはみんな仲が良かったですね。自分が興味あるものについてとことん調べて発表したり、けっこう自由にやらせてもらいました」
好きな世界史も赤井先生の授業をはじめ、いろんな科目を取って学んだ。
卒業論文は「鍋からみた日本文化史」。鍋料理を切り口に、日本の食の歴史を追っていく内容だった。
「鍋の歴史をひも解くと、肉食に繋がる。肉食の歴史を絡めながら鍋の歴史を書いたのが楽しい思い出です。江戸時代が終り明治天皇がおおやけに肉食をしたことで日本で、肉食が解禁された。それには何らかの外交戦略があったのではないか、そんなことを書きました」

 

アンコールワットに惹かれて始めたボランティア

課外活動では、学生団体「神戸学院大学ボランティア活動基金 VAF(バフ)」に所属していた。カンボジアの子どもたちを支援するボランティア団体だ。「ずっと見たかったアンコールワットが見れる」ということで、最初は、カンボジアに行きたいがためにボランティアをし始めた。しかし、「ボランティアをしたいから、カンボジアに行きたい」という気持ちに切り替わるまで、そんなに時間はかからなかった。カンボジアに行ったのは、3年生の3月。東日本大震災の悲報をカンボジアで聞いた。現地でも日本の被害を知ったひとたちから「大丈夫ですか?」と声を掛けられた。その時、カンボジアが発展途上国で、どこか自分の中で自分たちの方が立場が上で、“援助する側”という感覚が染み付いていたことを恥じた。困った時はお互い様なのだ。VAFでの活動を通じて、ボランティアの大切さや、ほんとうのことは自分が現地に行ってみないとわからないということを学んだ。

 

めざすはヨシモト

3年生の12月、就職活動がスタート。中村さんは2年生の時から、就職するなら吉本興業と決めていた。
「企業理念に、『自らが楽しんで生きることで、社会に貢献し、人々を幸せにする』と書いてあって、それが心に響きました」
3次面接まで進んだものの敗退。ここしかないと思い込んでいたため、頭が真っ白に。気を取り直して1月よりゼロからのスタート。あらためて自己分析を行う。ボランティアの経験、子どもが好き、ファッションも好き、卒論で「鍋」を取り上げるほど食べることが好き―――ということで「子供」、「アパレル」、「食品」の3つに絞って50~60社ほどエントリーした。就職活動は真剣勝負。それだからこそ「真剣勝負で闘う」という経験を積まないと面接もうまくいかない。それに、知らない会社や興味のない会社であっても、自分に合う会社が現れるかもしれない、ということで、エントリーした会社を次々と受験した。そして、大手アパレルメーカーでは最終まで残るなど善戦したが、最終的にIT関連や食品メーカーから内定をもらう。その時点で就職活動を切り上げ、ずっとお世話になっていた24時間営業のファミリーレストランでバイトに精を出す日々を送っていた。
そんなある日、終わったものと無視していた就職サイトから、「バンダイナムコグループ?のメガハウス」と書かれたメールが目にとまる。バンダイと言えば子どもの…。
「卒業も目前でバイトも辞めて自由の身、忙しくて行けなかった東京遠征でも」と、オフにしていた就活モードをオンにして、子どもに対する熱い思いをアピールした。エントリーシート、一次面接、二次面接、そして最終面接と、トントン拍子で駆け上がり、めでたく内定を獲得。迷うことなく株式会社メガハウス(※1)への入社を決めた。

 

キッズ心で「驚き」や「感動」を提供する会社

メガハウスでは、前述の国民的定番商品などを扱うトイ事業部、さまざまなキャラクター・フィギュアを扱うライフホビー事業部、そしてグループ各社に向けたOEM商品(他社ブランド商品)を独自の開発・生産体系で供給するOEM事業部、主にこれら3つの事業を展開している。中村さんはライフホビー事業部に配属され、営業を担当している。ここでまず、フィギュアについておさらいしておこう。

 

フィギュアの歴史

今や世界に誇る日本の文化にまで上り詰めた「オタク文化」、その象徴的存在とも言えるのがフィギュア(※2)だ。オタクもフィギュアも今ではすっかりメジャーになったが、もともとはマイナーな存在だった。オタクが市民権を得たのは、宮崎駿アニメやSFアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」がヒットした1990年代後半から2000年代にかけて。2005年にはオタク男子とエルメス女子の恋愛を描いた映画「電車男」が上映され、オタクはすっかり市民権を得た。一方、2000年のはじめ、フルタのチョコエッグの中にビルトインされた海洋堂作のフィギュアが話題性という意味で本体(チョコ)以上の価値を持つようになり、フィギュアもすっかり認知された。
さて、お菓子のオマケではないそれ単独で売買される大型フィギュアで、メガハウスがエクセレントモデル第一弾のセーラームーンを市場に投入したのが2003年。競合他社の多くはガレージキットメーカー(※3)であったが、メガハウスはトイメーカーとして培ってきたノウハウで、マニア層も満足できる大型フィギュア開発に乗り出したのだ。
2000年代後半、前述のようにフィギュアは市民権を得て、量販店や大手通販サイトで普通に買えるようになり、競争が激化していく。そして2010年代には衣装の着脱が可能なセクシー要素を持ったフィギュアが流行している。
「今、メガハウスが推しているのは『宇宙戦艦ヤマト2199(※4)』。「森雪」をはじめとした女性クルーはメガハウスが初めてフィギュア化しました。これがすごくヒットしています。10~20代の世代も楽しめ、昔の『宇宙戦艦ヤマト』を見ていた30~40代の世代にも受け入れられたのが、その理由ですね」
新人営業担当の仕事
中村さんは入社してまだ1年目の修行の身。メガハウスの営業にはいろいろな仕事がある。例えばデコマスの撮影というミッション。新製品の発売においてはそのタイミングに合わせて、広告やサイトでどんどん告知しなければいけない。そこで必要とされるのがフィギュアの写真。しかし、写真を撮ったりネットにアップするという準備にはそれなりの日数が必要だ。だから、商品ができる前に、商品の見本である「デコレーションマスター(※5)」を撮影するのだ。これを運ぶのも撮影するのも中村さんの仕事。もしこれを壊したり、少しでもキズつけたりすると、直すために時間がかかり、最悪、発売時期をずらさねばならなくなる。フィギュアの女の子の髪の毛などはもろくて細かいので特に注意が必要だ。そんなものを持って電車に揺られ、組み立て、撮影もする。無事ことなきを得てサイトに掲載された写真を見た時、充実感を感じたという。
もちろん営業的な仕事もする。
「新人にしてほしいことは何なのか考えたときに、ひとつ大きなこととして、フィギィアを販売していただいているお店の巡回があると考えています。できる限りあちこちのお店を廻って、『世間ではこういうものが求められていて、市場ではこういう状態ですよ』という店頭で得た情報を開発セクションにフィードバックします」
フィギュアを販売することを仕事として取り組む中村さんだが、この業界では趣味も仕事もフィギュアというひとが少なからずいて、とにかくそういう人の知識量は半端ではない。中村さんは、そういうひとたちに対して、貪欲に質問することが許されるのは新人のあいだだけと考えている。
メガハウスは過去のフィギュアに比べて、今、リアルタイムで放送されている新しいアニメのフィギュアが弱い。それを改善するためには旬なアニメをいち早く発見しなければならない。そのために、「新しいアニメをぜんぶ見る。面白くないと思っても最低3話までは見る」というミッションもあるのだ。
メガハウスは事業部によってカラーが全く違い、その中でライフホビー事業部は個性的な人が多い。会社の雰囲気はアットホームでざっくばらんな感じだが、仕事に関してはとても厳しい。例えば、目の色が違うなど素人ではわからない細かい部分までチェックし、それを修正してしまうと発売時期がずれてしまう―――そんな難しい判断を強いられる場合でも、品質において妥協しないところが誇れるところだという。

 

知らないことを知る喜び

実は私は就活の真っ最中。最後に、就活を戦い終えた先輩として、アドバイスをもらった。
「まず基本として、約20年間しか生きてないのだから、知らないことに関して、“知らないからいいや”という考えではなくて、もっと知らないことに飛び込んでみるということを学生時代には大切にしてほしい。就職活動も同じこと。最初のうちは合同説明会にはきちんと参加して、興味のない会社であっても積極的に聞きに行くべき。採用担当者の方もエントリーしてもらおうと本気。そんな人の話を聞けることはめったにないこと。そういう経験が大事だと思う」
決して真面目な学生ではなかったと謙遜する中村先輩だったが、じっくり話を聞いてみれば、いろいろなことにチャレンジし、その都度立ち止まって、いろいろなことを考えている。
思慮深い語りはそういったことの積み重ねか。人文の強みとはこういうことなんだ。

 

※1 株式会社メガハウス(バンダイナムコグループ)
資本金:1,000万円 従業員:87名、売上高:103億円(2012年3月期)
※2 フュギュア:人間や動物などをモデルに本物らしく作られた観賞用の人形
※3 射出成形で大量生産されるプラモデルに対し、
少数生産向きの方法で作られる組み立て模型
※4 『宇宙戦艦ヤマト』を原典とする38年ぶりのリメイク作品
※5 色彩見本のこと。これを見本にして、製品に着色していく。
参考文献「エクセレントモデル マニアックス」発行ホビージャパン

 

 


ヤマトガールズコレクションの宇宙戦艦ヤマト2199 岬百合亜(船内服Ver.)
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