Vol.11 (2006年12月)

サルを学び、サルに学ぶ。

人間を知る第一歩の鍵、サル学への誘い。ヒトに似ていてヒトでない…チンパンジーの研究のためアフリカでサバイバル調査をした人文学科の早木仁成先生にサル学のおもしろさ、フィールドワークの大切さを聞いた。
INTERVIEW&TEXT 中村智也/PHOTO 山脇慎也

 

 

大学時代の偶然と出会いがサル学への道

ひとことで言うなら、「偶然と出会い」です。大学では理学部でしたが、おもしろそうなことを探しているうちに自然人類学教室というところに入り浸っていました。そこではサルの生態を研究している人、さまざまな民族を研究している人、化石などの骨を研究している人など、人類学に関わるいろんなことをやっている人が研究室に集まっていて、大変おもしろかったです。また、ちょうど学生時代(1970年代)は動物行動学ブームだったこともあり、関連した本を読んでいくうちにさらに興味が出てきました。
大学に入学した時は物理や数学に関心がありましたが、だんだん人類学へのめりこんでいったのです。自然人類学教室で人類学に触れたことが現在の研究者としての私の基礎なんです。
もう一つ決定的なキッカケは、大学時代、ゼミの先生だった伊谷純一郎先生(※)との出会いです。日本の霊長類学の草分けである先生で、1990年から2000年まで神戸学院大学人文学部教授をされていました。残念ながらお亡くなりになりましたが、大変お世話になりました。先生は人の良いところを見つけるのがうまく、先生のもとで研究できたことにより、人間的にも学問的にも成長できたと思っています。

 

チンパンジーを訪ねて、タンザニア

1981年から1998年まで2年おきくらいのペースでアフリカを訪れ、野生チンパンジーの社会行動についてのフィールドワークを行い、そこで得られた成果を基に研究をしていました。私が研究を行ったのは東アフリカ、タンザニアのチンパンジー生息地です。野生の生態を調査するわけですから住むところは設備もないジャングルに、まずは生活できる基地作りから始めます。2400mくらいの山があり、その高い山から小川がたくさん流れていて、そこ一帯の森の中にチンパンジーが住んでいました。
調査が始まるとまずチンパンジー一頭一頭に名前を付け、顔を覚えていきます。何十頭という群れをなして生息するチンパンジーの生態を調査するうえで欠かせないことです。一般に私たちが動物園で動物を観察するようにチンパンジーは決まった場所で生息していません。そのためチンパンジーが動けば私たちもその跡をつける、といった具合に尾行して一頭一頭の生態を観察していくのです。森の中ですので、熱帯の植物が生い茂っていて、道はありません。進路をふさぐ植物を切っては道を作り、進んでいくのです。そんな状況の中調査を続けていくわけですから、まさに体力勝負ですよね。
それでもこの調査がおもしろいのは、チンパンジーの行動が人間に非常に似ているからだと思います。チンパンジー生態調査のフィールドワークをしていると、チンパンジーがしているいろんな行動の意味がわかってきます。些細な行動でも人類学という視点で考えると、私たち人間との共通性が見えてきます。しばらくチンパンジーと行動をともにしていると、まるで隣におじさんがいるかのような感覚になってきます。チンパンジーは他の動物に比べ、集まって社会的な行動をすることが多いですし、道具を使いこなしたりもします。ですから、人間くささみたいなものを感じてしまうんです。この感覚がチンパンジーを調査するうえでの醍醐味と言ってもいいでしょう。
人間と非常に似ているチンパンジーですが、そのことで注意しなければならないこともあります。野生の成熟したチンパンジーは凶暴ですので、不用意に近づきすぎると襲われることもあります。また、病気の感染も心配です。人間と似ているためチンパンジーの病気が私たちにうつったり、逆に私たちの持つ病原体をチンパンジーに与えてしまうこともある。ある研究中に、私たちのグループの中でインフルエンザが流行ったことがありました。そのウィルスがチンパンジーにまで拡がってしまい、大量に死んでしまうこともあったんです。だから、研究としてフィールドワークを行っているということを常に意識しなければいけません。
最近の研究ではチンパンジーに対して過度な能力を教え込むことが行われています。チンパンジーは人間の3、4歳くらいの子どもの知能があると言われていますが、チンパンジーも大人になればまた違った行動様式を持っているため、人間の能力を幼いチンパンジーに全て教え込むことには無理があるし、そのこと自体がチンパンジーの元来持つ特徴を潰してしまうことにもなりかねない。チンパンジーもひとつの動物として生きているということを前提に研究をしていかないと非常に危険な事態を引き起こしてしまいます。

 

「相手を考えること」を学ぶ

人類学にとっていちばん大事なのは相手の気持ちになるということ。チンパンジーをわかろうとするにはチンパンジーの気持ちになって考えることが必要です。自分がチンパンジーになったつもりで、想像することで初めてチンパンジーの気持ちがわかる。これは普段の人間関係にも当てはまりますね。相手がやっていることをただ客観的に見るだけではなくて、自分が相手の気持ちになって考える。そうするとある程度はわかった気になれる。また、相手をわかろうと思ったら、いっしょに何かやってみることがいちばんですね。そうしてお互い相手の気持ちになったときに許せる仲になるのだと私は思っています。人類学は、相手の目でものを見ることができる学問でもあります。
フィールドワークの魅力を言うならば、現地の人との出会いですね。自分の知らないところへ行って、知らない人たちが住むところで生活をする。アフリカでは夜になると、太鼓をたたいて踊ったりしながらものすごいキツいお酒を目いっぱい飲みます。そうすると次第にいい関係ができてくるんですよ。そうした現地の人たちとの関係は一生の財産になります。

 

身の回りのフィールドワーク体験

最近は野生チンパンジー調査はやっていません。というのも半年から1年は現地で過ごさなければいけませんから大学にいる限りはできませんね。また、調査では体力が必要です。朝から晩まで10キロほど歩くこともしばしばです。年をとると体力的にもキツいですね…。
今、力を入れているのは明石や神戸の地元でフィールドワークをすることです。ゼミで寺嶋先生、五十嵐先生との3人で協同していろんな場所に出かけ調査をしています。例を出しますと、稲爪神社のお祭りの参加、酒蔵巡り、博物館巡りですね。これらにはゼミ生が積極的に参加してくれます。身近すぎるが故に見過ごしてきたものでも研究という視点で見つめると、興味深いいろんなことが見えてくる。そういった驚きの体験をすれば、病みつきになるんですね。稲爪神社では神輿を担いだりして、多くの学生が大学では見せない顔をしていましたね。

 

興味を引き出すフィールドワーク

最近のゼミでは私の研究テーマである霊長類学、チンパンジーの生態調査からは離れて活動することが主ですが、私自身それはそれでいいと思っています。違った形であってもフィールドワークに参加することは私にとって大きな意味がありますから。学生にもフィールドワークの中でそれぞれが何かを感じ取ってほしいですね。
最近の学生を見ていると卒業論文のテーマを見つけることに四苦八苦しているように見えます。私が学生を見て思うことは、「もっと興味関心の幅を広げてみたら」ということ。卒業論文で苦しんでいる学生は自分が何を知りたいのか、何をしたいのかということさえよくわかってないのでは。どんな些細なテーマであっても突っ込んでいったらおもしろくなる。好奇心をもっていろんなことに関心を持つことが学生時代に求められることなのです。
学生時代、フィールドワークをするということは非常に重要なことです。無理やりでもいいから、学生をフィールドに引っぱり出して経験することの大切さを実感してもらう。そうすれば、自分自身の興味関心の対象が広がっていく。学生にはフィールドワークを通じてそういったおもしろさ、おもしろがり方があるということを感じてほしいですね。

 

 

早木仁成教授

人文学科 早木仁成教授
1953年生まれ。京都大学理学部卒業後、同大学理学研究科動物学専攻博士課程を修了し、1990年から本学で勤務。日本霊長類学会に所属し、本学地域研究センター文化人類学分野の研究スタッフも務める。主な研究課題はヒトと霊長類のコミュニケーション。