Vol.44(2023年3月)
白方 佳果

「分からない」が「分かる」楽しさを知ってほしい

 

Q1.先生の専門分野について教えてください。

私の研究分野は、いわゆる日本近代文学です。より具体的に言うと、明治・大正・昭和にかけて活躍した泉鏡花の文学の研究が専門です。
私の研究では、同時代の出来事(作品の発表当時の事件や災害の話題など)を、鏡花が作品の中にどのように取り込んでいるのかという問題を取り上げることが多いです。それらの調査を踏まえて、作品の生成について分析し、作品のテーマの理解につなげていくといった形を取ることが多いです。簡単にまとめると“鏡花作品と同時代の関わり”と言えるかもしれませんね。

 

Q2.具体的な調査方法を教えていただけますか

まずは作品の本文に注釈をつける、というところから始めています。本文の言葉の意味や用法、背景などを、丁寧に確認しながら読んでいきます。現在の私たちにとって見慣れない言葉、とくに同時代の話題と関係がある記述については、当時の新聞や文献を調査して確認していきます。新聞の調査をするときは、データベースを使うこともありますし、データベースがない場合は、マイクロフィルム(書類、図面などを縮小してフィルムに記録したもの。専用の機械を使って拡大して閲覧する)を用いて紙面を一面ずつ見ていく、といった調べ方をすることもあります。近代の資料とはいっても、データベース化がまだまだな分野もあるので、そういったものについては昔ながらの方法で地道に、資料を片っ端から見ていくことになります。
ほかに、本文の変化について考えることもあります。鏡花は手書き原稿が残っていて、所蔵している機関で閲覧させていただくことができます。筆や万年筆で書かれた原稿を、調査に行って確認し、全集に収められた本文などと比較して、どのような変更が加えられているのかを調べます。中には原稿の残っていない作品もありますが、残っていれば、やはり基礎となる原稿を見たくなります。本文が修正されていく過程や、変更内容から、鏡花の創作上の意図を考えることもあります。こうした調査を通して作品について考えていくというのは、一般的な文学研究のイメージとは少し異なるかもしれないですね。

マイクロフィルムリーダー(石川県立図書館)

 

Q3.泉鏡花を研究するに至ったきっかけは何だったのでしょうか

初めて鏡花の作品に出会ったのは、中学二年生ぐらいのことだったと思います。うちには父親の集めた古い文庫本の本棚があり、小さい頃からその本棚の本を引っ張り出しては読んでいたんですけれど、その中に泉鏡花の文庫本があったんです。手に取って読もうとしたところ、日本語が書いてあるのは分かるんだけれど、文章が難しすぎて意味が全く理解できなくて。私は当時、国語は割と得意だったし小説を読むことはすごく好きだったので、小説の文章が読めないというのはとてもショッキングな出来事でした。どう頑張っても読めないから、その時は「もういいや」と、諦めてしまいました。でもその時の読めなかった悔しさは、ずっと心の片隅に残っていました。
それから大学受験を考えるようになった時に、私の受験する大学には、近代の文語文(平安時代の語を基礎にして、独特の発達をとげた書き言葉)を国語の問題として出す慣習があることがわかりました。その時に、「これまでに読めなかった文語文があるじゃないか」とふと頭に浮かんだのが、泉鏡花の小説でした。勉強にかこつけてもう一回挑戦してみると、このときは読みやすいものであれば、多少読めたんです。その時読んだ作品はとてもファンタジックで、妖怪などが出てくる面白い話でした。私は昔からそういう不思議な物語が好きで、またようやく読めたという達成感もあり、その時から鏡花の作品がとても好きになってしまいました。昔は読めなくて諦めてしまったけれど、こんなに面白い世界があったんだな、と。
それから、もともと私は大学で哲学を勉強するつもりだったのですが、入学した大学に泉鏡花を研究している先生がいらっしゃったんです。その先生や、文学を研究されている色々な先生の授業を受けて、「文学を研究してみたら面白いんじゃないか?」と思うようになりました。そして自分が楽しく勉強を続けて卒論を書けるのは、哲学ではなく文学の方だなと考えて。卒業論文は、鏡花のドッペルゲンガーが出てくる作品について書くことにしました。それからずっと、鏡花作品を研究している感じですね。
ただ、私にとって鏡花作品は本当に難しくて。学部生の頃は、話の筋を追うのに精一杯でした。時には感動しながら、ある程度すらすら読めるようになったのは、修士課程の頃でした。今でも鏡花の作品には、読んでいて分からないところがあります。でも鏡花の作品が好きだから、きちんと理解したい。そんな思いで、研究を続けています。この「分からないところを分かるようになりたい!」というのが、研究の一番の原動力ですね。鏡花世界を理解するのは難しいけれど、とても取り組みがいがあるし、理解できたと思ったときは、本当にワクワクしてうれしくて、今も楽しく研究を続けています。

 

最後に、学生へのメッセージをお願いします

文学作品を読む上では、とにかく本文を丁寧に読んでほしいなと思っています。そして本文を丁寧に読んでいくと何かしら分からないところがでてくると思うのですが、その疑問を大切にして色々調べたり、考えたりしながら読んでいけば、きっと何かしら面白いものが見つかるはずです。
それから文学以外のことについても言えることですが、分からないことについて、じっくり考えてほしいなと思います。分からないことを「分からん!」と投げ出すのではなくて、しばらくそれを頭の片隅に置いておいて、時々思い出して考えてみてください。十年くらいかかるかもしれない。でも考え続けたら、今はまだ分からないことも、きっといつかどこかで知識や経験が上手く嚙み合って、「分かった!」と思える時が来るはずです。どうかその時がおとずれるのを楽しみに、気長に考え続けてみてください。

 

インタビュアーの感想

今回、白方先生にインタビューを行い、改めて先生の魅力を知ることができたと思います。先生の丁寧な言葉遣いは、ご自身の研究方法にも繋がっているのだと感じました。文学を知ることは人を知ることであり、そこに向き合う姿勢こそ、自身の生き方を投影するものなのかもしれません。
私の稚拙なインタビューに快く応じてくださった白方先生に、心より感謝を申し上げます。

 

取材・文/柿田 夏希

 

 

白方 佳果

2012年 京都大学大学院 文学研究科国語学国文学専修 博士後期課程 研究指導認定退学
2020年 神戸学院大学人文学部講師