Vol.15 (2008年12月)
谷 正人

サントゥールに魅せられて

INTERVIEW 坂本 詩央里 PHOTO 高橋 侑司

 

 

ヘヴィメタルから「民族音楽」へ

子供のころからピアノをずっと習っていました。でも一方で中学時代の頃からヘヴィメタル、例えばアイアン・メイデンなども好きでよく聞いていました。このバンドはどことなく「民族音楽」の匂いがするんですね。そこから「民族音楽」に興味を持つ自分に気づいたりするようになって。
ころで音大を受験する学生というのは、「音楽にそれほど情熱はないけれども、一般大学に行くような普通の勉強はしていないから仕方なく」というタイプと、「音楽に情熱を燃やして進学する」というタイプがいます。私は後者だったんですが、音大に進学するとき、ピアノを習っていた先生に「音大なんか行って将来どうするんだ」って何度も言われました。けど、情熱に燃えて何も見えなくなっている若者にそんなこと言っても無駄ですよね。就職のこととか将来のことなんか考えることなく、ただただ熱い思いをもって「民族音楽」を学べる音楽大学を探して進学したわけです。
ひとことで「民族音楽」といっても、いろんな音楽が世界中にあります。入学してからは何かひとつのものを深く掘り下げることが必要だと感じて、現地へ行ってナマの音楽に触れようと思っていました。
まず1年生の夏休み。大学でガムラン音楽の研修ツアーを募集していたので、さっそく参加。バリ島に1週間行きました。2年生の夏休みは、さらにガムランを勉強するために、先輩から先生を紹介してもらって、単身インドネシアへ。マンツーマンで1ヶ月、みっちり練習しました。先生との練習は2時間程度だったんですが、楽譜がない音楽なので、練習しないとすぐ忘れてしまうんですね。だから忘れないように朝から晩まで練習して、の繰り返しでした。

 

ガムランからサントゥールへ

そこまでのめり込んだガムランなんですが、日本ではガムラン音楽を研究している日本人がいっぱいいて、しかも派閥のようなものがあったりして。どうせやるなら誰もやっていない音楽のほうがおもしろいじゃないですか。ということで路線変更。2年生の終わりの春休みに約1ヶ月、イランに行きました。それで、なぜイランなのか?というと、やっぱりサントゥールですね。音楽よりも、この楽器の音色に惚れ込んでしまった。きっとこの楽器が別の国のものだったらその国に行っていたでしょう。
サントゥールはイランの伝統的な楽器で、台形の箱に張られた72本の金属製の弦を木製のバチで叩いて演奏する打弦楽器です。北インドやイラク、トルコにも伝わっていて、ピアノのルーツとも言われています。
イランといえば、1979年に革命が起こったり、イラン・イラク戦争があったり、隣国のアフガニスタンでも紛争があったり。イラクやアフガニスタンは今もなお大変な状況ですし、日本から眺めると、中近東はなんとなく怖い場所、というイメージがある。今思えばそんなところに気軽に行くというのは結構無謀だったような気もします。とはいえ、そこに住む人々がいて社会があるんだからなんとかなるだろうと、2年生の終わりの春休みに約1ヶ月、イランに滞在しました。それから、3年生の夏休みに約3ヶ月、春休みに約1ヶ月、4年生の夏休みに約3ヶ月。卒業後はイラン国立芸術大学音楽学部に入学して98年に卒業しました。
ところで、これだけ行くと結構お金もかかるわけで、費用を捻出するためにバイトはがんばりました。学校がない日に短期アルバイトをしていました。例えば、金曜日の夜から翌朝までコンサートのスタッフをして、土曜の昼間は展示会の設営をやって、そのまま夜は仕出し屋のバイトをして、続けて日曜の昼は皿洗いのバイトをして…。当時は好きなこと以外はできればやりたくないという体質でしたから(笑)、嫌なことは短期集中で済ませてしまう。

 

イラン音楽の「遠さ」

現代の日本人がふだん耳にする音楽のベースには西洋音楽的な感覚が深く影響しています。「長調・短調」といったシステムに内在する決まりごとを、私たちは知らず知らずのうちに踏まえたうえで楽しんでいる。しかしイラン音楽はそういう私たちが日ごろ慣れ親しんでいる西洋音楽文化とはかなり違います。
例えば「微分音」。フラットほど下がりきらない、シャープほど上がりきらない音ですよね。西洋音楽の音階に慣れ親しんでいる人ほど調子外れに聞こえやすい。そしてこれが音楽の中にスパイスとして使われている場合ならまだしも、メインディッシュになっている場合には、すぐに理解するのはなかなか難しいかもしれません。でもこれがイラン音楽に独特の終止感をもたらしているんです。
もうひとつは「繰り返し」についての美的感覚でしょうか。西洋音楽では同じフレーズを繰り返す場合には、前とは違う表情付けをすることが求められる。これは言い換えれば、西洋音楽の楽曲構成に「展開」が求められることとも関係するでしょう。
ところがイラン音楽の場合は、客観的には繰り返し奏でられる部分がたくさんあるにも関わらず、むしろそれらをその都度新たに生み出されているものと捉える感覚がある。これは即興演奏ということも関係しているのでしょうが、結果的に演奏は「冗長」「多弁」なものになります。そこで「展開」を期待する西洋音楽的な聞き方をしてしまうと、繰り返しばかりでつまらなく聞こえてしまう。むしろ「その瞬間瞬間に身を委ねる」という聞き方のほうがふさわしいように思います。
それから「無拍」。私たちが普段聴く音楽にはだいたい4拍子とか3拍子といった拍子がありますね。しかし、イラン音楽は無拍の状態が大半で、いわば「語り」のようなもの。例えば詩を朗読するときに、それは2拍子ですか3拍子ですかって言わないですよね。なので本当は「無拍」というよりも、言葉そのものの持つリズムが音楽よりも優先されている状態のことなんです。「語り」か「歌」かわからないような、その境目あたりにある音楽だと言えばわかりやすいでしょうか。

 

怪しい?「民族音楽」

サントゥールの演奏者を夢見た(笑)時期もありましたが、「民族音楽」の場合、演奏だけをしているわけにはいきません。なぜなら「今の音楽はどういう音楽ですか?」とか「これはどういう楽器なんですか?」というような質問をされる機会が、クラシック音楽などに比べると断然に多い。マイナーなジャンルの音楽を手がける人間としては、演奏も解説もひとりで両方引き受けざるを得ないわけですよね。それで解説のほうも充実させていこうと、自分なりにいろいろ調べたり発信していくうちに、どんどん研究がおもしろくなってきました。
あともうひとつ、研究者を目指すようになったきっかけがあります。イランに留学中、他の日本人留学生に、「民族音楽をしているんだったら吉祥寺に行くといいよ」みたいなことを何度か言われたことがありました。そのときは意味がわからなかったんですが、帰国した時に吉祥寺あたりに行ってみて民族楽器屋などいろいろまわってみたんです。それで中に入ったら楽器が天井から所狭しと吊り下げられていて互いにぶつかっている(笑)。つまり、あまり丁寧には陳列されていなくて楽器というよりも、民族グッズのひとつとしての楽器という扱いでした。そういうところでは、音楽というよりちょっと尖ったファッションみたいな感覚で捉えている人たちがたくさん来るわけですよね。それでストリートで不精ヒゲ生やして民族衣装着て、あまり知られていない音楽だから、我流の演奏で、みたいなetc…
今ではそういうありかたも文化受容の一形態として認識できるのですが、当時の私はいたって生真面目に、音大生がピアノを学ぶためにヨーロッパへ留学するような感覚でイランへ留学したつもりだったので、「民族音楽」がそんな「怪しい」イメージで捉えられていたのかと思うとショックで。そういうことがあって、学問的にもきっちりとイラン音楽を究明していこうと、向こうの大学を卒業した後は日本の大学院に進学し、研究を続けることにしたわけです。

 

異文化を通して自己を再発見する

音楽を通して異文化を見ていくことで、その民族の考え方や美的な感覚がだんだんわかっていく。それは同時に、自分が寄って立つ文化を客観的に見ることにもつながる。自分が当たり前だと思っていることが、なぜ当たり前だと感じるようになってきたのかとかね。そんな驚きや発見って、「民族音楽」に限らず、学問を極めていく作業すべてに共通する楽しみだと思いますよ。

 

 

谷 正人講師

人文学部人文学科 谷 正人講師
1995年に大阪音楽大学音楽学部作曲学科楽理専攻卒業、イラン国立芸術大学、京都市立芸術大学大学院を経て2005年に大阪大学大学院文学研究科博士後期課程(音楽学)修了、博士(文学)学位取得。著書『イラン音楽 声の文化と即興』が社団法人東洋音楽学会「第25回田邉尚雄賞」を受賞した。