2010年11月号
趣味だから熱くなれる
仕事の合間にホラー映画なんか作っている先輩がいるという。仕事をしながら好きなことを全力でするなんて、並大抵なことじゃない。
(文 深澤 夏紀笊ア写真 森本 千晴)
暑い夏の日、3人の男がガソリンを盗もうとした車の持ち主は、銃を持った奇妙な女だった。後ろから不気味なやつらが追いかけてくる。ゾンビだ。3人の男と女は必死で逃げるが追いつかれ、そして…。
どこか見覚えのある場所が多い。ゾンビから逃げるため必死に走っている場所は、6号館の廊下。大量のゾンビたちが中へ入ろうと必死にへばりついているそのドアは3号館1階入り口…。映画のタイトルは『死者の盲走』。見るからにおカネはかかっていない。しかし、妥協を許さぬ熱い思いが画面から伝わってくる。
JR高知駅から列車に乗って西へ。景色はどんどん田園へと変わっていく。車内は下校中の学生で賑わっていて、手には受験勉強のための参考書や漫画が携えられていた。車中で揺られる時間も長いのだろう。
1時間ほどで佐川駅へ到着。静かな街の佇まいは、何十年も時間が止まっているようだ。取材させていただく北川さんが私たちを出迎えてくださった。駅から北川さんの車で20分ほど走ると、高岡郡越知町の静かな商店街に到着。その一角にある北川米穀店が、彼の職場であり住居だ。
硝子張りの引き戸を開けて店内へ。右手には全国各地から仕入れ、精米されたお米が棚に並んでいる。左手には天井高くまである精米機が置かれていて、部屋はお米の香りでいっぱいだ。棚には「栃木県こしひかり」や「福島県ひとめぼれ」など、よく知られた銘柄が並んでいる。その横に少しだけ、そば粉やきな粉、きび粉が置かれていた。
米穀店の三代目を継ぐ
北川さんが卒業した2003年も厳しい採用状況だった。いずれは家業を継ぐということで、さほど真剣に就職活動をしなかったそうだが、地元高知県にある食品会社に就職。しかし社会人になって4年ほど経ったころ、父親が亡くなり、家業の米穀店を3代目として継ぐことになる。北川さんに会社員と自営業の違いについて聞いてみた。
「まず会社員はいくら会社が儲かっても、それがダイレクトに自分の給料に反映されることはない。それに比べて自営業は、売り上げが上がれば収入も多くなるし、下がれば収入も少なくなる。会社員だと職場の人間関係に悩まされることがあっても、自営業は上司もいないし、部下もいない。自分の裁量で仕事ができるのがいい。逆にしんどいところは、休日が少ないところ。丸一日休めるのは日曜だけ。でも、営業中でも暇な時は自由に時間を使えるし」
自営業は会社員より自由な感じ。でも、赤字になればそれを埋めるのは店主であるから、決して甘くはない。
昔、お米はお米屋さんで買うものだったという。しかし、今では他の食料品と同じようにスーパーでも買える。米穀店という専門商売の現状はどうなのだろう。
「スーパーは大量仕入れすることによって、低価格で販売することができる。それと同じことを個人商店がやっても利益はでない。だからこそ、今のお客さんを大切にしないとね。お陰さまでご近所の方々、お弁当屋さん、病院、学校といった固定客に支えられて売り上げは安定しています。父や祖父が培ってきた北川米穀店の信用のおかげ。それはほんとうに感謝しています」
とはいえ、お米を売っているだけでいいのだろうか?という危機感もあるそうだ。現代は飽食の時代。食料品といえども嗜好品化する傾向がある。北川さんのお店では、そば粉やきな粉を販売しているが、これらは近くに住む祖母が丁寧に作っているこだわりの品で、隠れた人気商品。手間暇のかかる逸品なので、人件費がかかる。本格的に売り出すことはできないそうだ。
映画の小道具で占領された部屋
インタビューをしたのは店舗2階の北川さんの自室。2階はご家族が生活されている空間だ。部屋に入ると20丁はあるだろうか、入るなりびっしりと並んでいるモデルガンに驚く。中には自ら手を加えたものもあるそうだ。
「自主製作映画仲間に頼まれて作ったのがこれです。既製品のグリップ部分を木製に改造しました。場面設定に合う既製品がない時は改造したり、作ったりします」
その仲間というのが神宮慎也氏。「ラストマン・スタンディング荒野の復讐」という自主製作映画を作ったひとだ。人類を吸血ミュータントに変えてしまう細菌兵器、それによって壊滅された近未来の日本を舞台に、ミュータントへの復讐を誓った流れ者と、ミュータント軍団から脱走した科学者のバディストーリーというハードボイルドなアクションSF映画。北川さんは役者としても出演している。お手製の銃はこの映画の続編の予告編で使ったそうだ。
「ちょっとそこの段ボール取って…」指差された段ボールを手渡すと北川さんが取り出したのは、なんと生首! もちろん小道具のひとつだが、いきなり目の前に突き出されたら、心臓が跳ね上がりそうだ。他にも、ゾンビの手首があった。指の長さ、細さ、関節部分、非常に凝っている。これらすべては北川さんの手作りだ。
ロケ中に警察が飛んできた
大学では映画研究会に所属していた北川さん。当時部員は20人ほどで、北川さんは脚本、撮影、小道具作成、役者となんにでも首を突っ込んでいたが、中でも撮影がいちばん好きだったそうだ。在学中に製作全般を手がけたのが「犬喰う犬」、「死者の盲走」、「竹林ウォーズ」という3つの作品。いずれもホラー映画だ。
「映画は見せ物だから、まずは見る人に興味を持たせるのが大事。でも大学生はお金がないからインパクトある作品を作ることは難しい。そうして行きついたところが、ホラー。特別それが好きだったからという理由で作ったわけではないんです」
顔に血のりを塗ったり、車のボンネットから煙を出したりして撮影していたので、警察に呼び止められることもしばしば。映画研究会の後輩は、土の中に人を埋めたシーンを、事件と勘違いした近所のひとに通報されたという程の熱心な活動ぶりだ。学生時代に手がけた最後の作品「死者の盲走」は未完成のまま卒業してしまった。卒業後それを完成させるべく、土曜日の仕事が終わってすぐに高速バスに乗って神戸に向かい、日曜日に大学でロケを敢行、最終バスで高知に戻るという荒行を10回ほど繰り返し、撮影だけでも2年がかりで作り上げた。
仕事も忙しいだろうに、よくここまで時間と情熱を捧げたものだ。
「大学を出て就職した食品会社では、平日は非常に忙しく、朝5時に起きて7時から深夜12時までずっと働いていたこともありました。幸い土日は休みでしたけどね。今の仕事は朝9時から18時まで働いて、通勤時間がないから、寝るまでの4~5時間がプライベートな時間。それに週1日の休日を利用して、趣味の時間に当てています」
ワークライフバランス、つまり仕事と生活のバランスが大事…ということをよく耳にする。しかし仕事が忙しかったりおもしろかったりで、気がつけば仕事まみれの暮らしをしているひとが多い。その点、自分が置かれている「自営業」という環境をうまく使って、映画製作という趣味と仕事のバランスをうまく取っている。けど、ここまで好きなら、これを仕事に…と就職活動の時に考えなかったのだろうか?
好きなことを仕事にするということ
「好きなことを仕事にしてしまうと、結局好きなことができない。それなら趣味と割り切って純粋にやりたいことだけやる方が楽しい。だから僕は米屋という商売で生計を立て、オフの時間は心置きなく映画を作るんです。」
たとえばなにを言いたいのかわからないまま終わってしまう映画がある。そんな映画はいくら芸術性が高いものであったとしても儲からない。万人受けする内容でないと映画というビジネスは成立しないのだ。漫画家でありプロダクションの経営者でもあった手塚治虫は語っている。「企業の存在意義は利益を上げること。その一員である社員が利潤追求とは関係なく自分の夢を実現する場ではないんです」と。
それでも好きなことにひたむきなひとを北川さんは否定しない。
「自己表現を有りのままに形にすることが、求められるもの作りになるのは稀です。興味を持つべきはこの楽しい娯楽であり、この楽しい映画作り。これで十分」
挫折を経験したことのないひとは、底から這い上がるということを知らないし、目の前の欲求を満たしてすぐに満足してしまう。しかし、楽しく自分を表現した作品が仕上がっても、他者に認められず自己を否定された気分になるひとは多いのではないか。俗に言う「芸術」の分野において需要と供給が一致するのは非常に難しい。だからといって自分の中にある「表現力」や「創造力」を否定する必要はないのだ。好きなことを好きな風に表現すればいいのだと、北川さんは教えてくれた。
野球選手になることに憧れ続けたひとが、選手になる夢は挫折したが、どうしても野球にかかわった仕事がしたくて、球場の芝刈りの仕事に就いたという話を聞いたことがある。挫折してもそこから新たな希望を見いだし、自分なりに納得した人生を送る……それくらいの前向きさがないと充実した人生はゲットできないだろう。
最後に北川さんに映画についての抱負を聞いた。
「計画というか妄想の域を脱していませんが、ひとつは高知をロケ地とした直球モノのゾンビ・ホラー映画。もうひとつは、今まで作ってきたホラーとはぜんぜん違うほのぼのファンタジー。映画の中でひとを殺しすぎたせいか、こういうものもいいなと思ってます」
円高、デフレ、求人難、ワーキングプア。テレビや新聞で報じられるこれから私たちが飛び立とうとしている社会の有り様だ。社会に出ることに対して暗いイメージを持ってしまいがちな私たちだが、そんな時代であっても、生活を大切に暮らしているひとがいることにほっとした。そして、好きなことをあえて仕事にしない生き方もあるということも知った。ワークライフバランスは大事だ。なんの仕事をしたいかより、どんな人生にしたいかも大切だ。しかし、生きるために仕事第一という社会ではあるが、一度きりの人生、したたかに生きていきたいと思う。
※ミュータント:突然変異体
※※バディストーリー:相棒である二人が主人公の物語
※※※「手塚治虫対談集」