2019年9月号

ムーミンの哲学性に興味を抱いて卒論。いまキャラクター業界で活躍中!

フィンランドの作家トーベ・ヤンソンによって生まれたムーミンは、
世界中で愛されている人気キャラクター。
高校時代にムーミンに出会い、大学ではムーミンをテーマにした卒論で
文化コースの最優秀卒論に選ばれた渡辺明日美さん。
現在は、ムーミンなどのキャラクターグッズを扱う会社で
MD(マーチャンダイザー)として活躍。
大学での学びが今の仕事に直結している渡辺さんに俄然、興味が湧きます。

取材・文/高橋百音

 

Profile

1991年芦屋市生まれ。在学中にムーミンについての卒論で文化コースの最優秀卒論に選ばれる。2014年大学卒業後、ムーミンなどのキャラクターグッズの企画・販売を手がけるゾーウィー株式会社に入社。MDとしてメーカー商品の仕入れなどを担当。

 

ムーミンはとても哲学的な話

事前に渡辺明日美さんの経歴を聞いた上で、取材に臨んだが、やはり気になるのはムーミンのこと。そもそもなぜ、いつからムーミンに興味をもったのだろうか。

「高校の時、哲学に興味があり、インターネットで調べると、『ムーミン谷の名言集』を見つけました。日本ではアニメのイメージが強いけど、実は哲学的な童話でもあるのです。大学に入ったらムーミンについて研究したいと考えていました」

その言葉の通り、大学では哲学の松井吉康先生のゼミをとり、ムーミンの研究を始める。でもどこが哲学的なのか。例えば『目に見えない子』(注1)は次のような話だ。

ムーミンの仲間にニンニという女の子がいる。ニンニは育てられた皮肉屋の叔母さんからいつも自己否定されたため、いつしか姿が見えなくなった。皆にはニンニの首につけた鈴しか見えない。ニンニはムーミン家族と出会い、皆の優しさに触れていくたび、姿を少しずつ取り戻していくが、顔だけがまだ見えない。

ちびのミイにいじわるを言われたニンニは「ごめんなさい」と謝る。ミイは言う。「あなたは怒ることもできないの。たたかうってことを覚えないうちは、あなたに自分の顔はもてません」。

ある時、ムーミン家族と浜辺へ遊びに行く。ムーミンパパはふざけてムーミンママをびっくりさせるために後ろから近づいていく。それに気づいたニンニは駆け出し、パパの尻尾に思いきり噛みつく。「おばさんを、こんな大きなこわい海につきおとしたら、きかないから」とうなりながらさけぶと顔が現れたのだ。

確かにいろいろと考えさせられる話である。
「顔が見えないというのは、現代社会にも通じるものがあると思ったんですね。SNSもある意味顔を持たない同士のコミュニケーション。ツイッター、インスタグラムでは、会ったこともない、顔も知らないのに批判するでしょ」

顔を持たないコミュニケーションについて掘り下げて書き上げた卒論『顔を持つということ』は、文化コースの最優秀卒論に選ばれた。

ヘルシンキのムーミンカフェ

 

 

人を幸せにする仕事に誇り

自分の強みは何かと考えたとき、誇れるものは大学で研究したムーミンしかないと考え、就職したのが、ムーミンの商品の企画・販売を手がけるゾーウィー株式会社だった。
同社は、ムーミンの他にも、はらぺこあおむし、おさるのジョージなどのキャラクターを扱っており、これらのキャラクターグッズの物販催事、オンラインショップ、実店舗の運営、メーカー業として商品開発なども行っている。その中で渡辺さんはMD(マーチャンダイザー)としてメーカー商品の仕入れを担当していた。

仕事の大変さは、情報量の多さと責任の重さだ。ムーミン以外にも多くのキャラクターを扱っている関係で、取引メーカーは200〜300社にもなり、渡辺さん自身、多くのメーカーを任されている。各メーカーから相談や問合せの電話が頻繁にかかってくる。こなす仕事量は多く、キャパオーバーになってしまうこともしばしばだ。MD担当として3年を過ぎ、会社の顔としての責任も重くなってきた。

だが、「この仕事を好きと胸を張って言えるし、それは自分の中でも凄いことだと感じてます。自分がおもしろいと思ったものを皆に知ってもらい、伝えられるのは嬉しい」と話す。

自分が大好きなもの、自分がいいなと思ったものだからこそ、自信をもって勧められるのだろう。

扱っている商品は生活必需品ではなく、嗜好品。なくてもいいものだ。でもそれを手にすると幸せになれる。それを提供できることこそ、キャラクター業界のおもしろさなのだ。

ムーミンカフェ

 

フィンランド研修旅行へ

2018年6月、作者トーベ・ヤンソンとムーミンのふるさと、フィンランドを初めて1週間訪れた。これはムーミンゆかりの地を回るオフィシャルツアーであり、年3回行われている。今回でもう10年目になる。
「6月の日没は午後11時頃ですが、陽が沈んでも明るいのでとても幻想的でした。冬は逆に陽が出ない時間が長いので、夏は夜の10時くらいまで子どもも外に出て、太陽を一生懸命浴びていました」

訪れたのは、タンペレ市にあるムーミン美術館、ナーンタリの小さな島にあるムーミンワールド、そして首都のヘルシンキなど。それぞれの場所は離れているため、バスで回った。

「内容は充実していて、ムーミンを研究している現地の日本人ガイドさんの話も聞くことができました」
まさにムーミン好きにはたまらないツアー。現地に行くことで、ムーミンのことも、作者トーベ・ヤンソンのこともより深く知ることができた。
「ムーミンは戦争中に生まれた物語です。国の時代状況がそのままストーリーや絵に現れているので、楽しいだけでなく不安やさびしさも描かれています。そこが魅力だと感じています」

ムーミンハウスの内部

 

自分を語れる存在をめざして!

最後に、学生へのメッセージを。

「就職活動で私が大切だと思ったことは、どれだけ人に自分のことを語れるかどうか。自分がどういう人間かを人に話すことができるだけで人目をひくことができます。どの経験がどこに生かされるのか分からない。分からないからこそ、時間がある大学生のうちにいろいろな経験値を増やしてほしい。それが、将来の自信につながるのだと思います」

その渡辺さんは、今回の取材で改めて確認できたことがあるという。

仕事を通じて、どのキャラクターがどのような人にどのような理由で好まれているのかを知ることができたこと。私たちが手に取る商品にもキャラクターの権利を守る人、モノづくりをする人、売る人、それぞれの思いがつまっていること。仕事を始めたきっかけは、「ムーミンが好き」だったが、その先にまだまだおもしろいことがたくさんあることなどだ。

「今後、キャラクタービジネスの可能性をさらに広げられるような活動に力を入れてきたいですね」と張り切る渡辺さん。今後の活躍ぶりが楽しみで仕方がない。

ムーミンワールドにて。ムーミンハウス

 

ナーンタリ市内を走る列車(ナーンタリスパホテルからムーミンワールド近くまでいけます)