Vol.1 (2003年3月)
寺嶋 秀明

「原点」はここにある イトゥリの森

寺嶋流フィールドワーク術に迫る
人文学部で学ぶ4年間の重要アイテムのひとつである演習。テーマを設定し、いかにそれに迫っていくのか、そのプロセスには長年の研究で培われてきた教員それぞれのスタイルというものがある。今回は、コンゴにあるイトゥリの森で狩猟採集民エフェと農耕民レッセの共生について長年研究を行ってきた寺嶋教授にその奥義を聞いた。
Interview 国清大輔 今井美帆 住田菜美子/Photo 槙野晋

 

ひとことで言うと人類学とは?

人間のことを研究するんだけど、そう言ってしまえば実も蓋もない(笑)。人類学は人類およびその文化の特質を研究する学問です。生物としての人類の面から研究する自然人類学、人類が形成する文化・社会の面から研究する文化人類学に大別されますが、文化人類学の分野では、人類学の視点で見れば、宗教、政治、経済、音楽など人間が関わるありとあらゆるものが研究対象になるんですね。僕は人間の自然とのつきあい方について研究しています。例えば漁師の研究をするとしましょう。まず海や魚の知識がいります。漁は単なる魚釣りじゃありませんから、多くの場合集団で漁を行います。すると、どんな役割分担で漁をするのかとかも研究しなければなりません。さらに捕った魚をどう売り捌いていくかということも押さえなければと…。このように漁師の研究と一口に言っても、いろんな事を調査・研究しなければなりません。

 

フィールドワークの一番のポイントといえば。

やはり人間対人間の聞き取り調査でしょうね。人類学は人間が対象ですから、生身の人間と関わっていくことが重要なんです。アンケートなどは初対面の人でも可能ですが、聞き取り調査は相手の懐に入らなければできない。まず、現場へ行って現地の人に話しかけ人間関係を作り、それを深めながら調査を進めていく。
エフェ*1という狩猟採集民の研究のために、アフリカでフィールドワークをやってきました。彼らは畑、家畜とかを持たずに森に生息する動物や植物を採ってきて食べています。本などでその生活はある程度知っていましたが、実際に現場に行って彼等と行動を共にすることで、彼らを深く理解することができました。この時の経験が人類学者としての僕のベースになっています。

 

人類学を学ぶ意義は

意義、ということはどういうふうに人の役に立つかということなんでしょうけど。例えば電気の発明とか、そういうものとは違うわけです。文学や映画と同じようにいらない人にはいらない。別にそれらがなくても暮らしていけます。ただ、見たり読んだりすると人間的に成長させてくれたり視野を広げてくれたりする。自分では経験しえないことがそこにあるわけで、経験できなくとも、それを知ることでより深く人生を味わうことができるのではないでしょうか。人類学も同じです。人間というのはなかなか自分の価値観を簡単に変えることはできません。例えば僕らが学生だったころは出世して社長さんになるとか、研究してノーベル賞を貰うとか、そういうような上をめざした生き方、考え方をしていたわけです。時間というものは一直線に走っていて、将来の目標に向かってそれと追っかけっこをしている感覚というのでしょうか。しかし、南の国へ行くともうまったく違う考え方をしている。時間はぐるぐる回っているという考え方です。僕らが研究していることをきっちり調べて伝えることができれば、自分達の価値観にはない別の価値観を知ることができ、あらためて人生を見直すきっかけになると思うんです。

 

情報は足で稼げ! 歩きながら考えろ!

演習はどのように進められますか?

今年の2年生は基礎演習で『明石再発見』というテーマでフィールドワークを行いました。2年の後半からゼミが始まりますが、それまでに自らやりたいものをみつけて調べるということを体験しておくことが重要だと思いました。4、5人でグループを作らせて明石で面白いものを見つけよう、ということで学生達はたこフェリー*3、明石大橋、明石焼きなどを取り上げました。特にたこフェリーのグループは取材を進めるうちに船員さん達と親しくなって制服を着させてもらって記念写真を撮ったり(笑)。『デジカメで面白いものを撮ってくる』というのもメニューのひとつです。おもしろいものを撮るためには、まずおもしろいものを発見しなければなりません。写真を撮るということでいつも問題意識を持って、ものごとを見るというクセが身につくんです。
ゼミでは『あれをしなさい、これをしなさい』ということは言いません。本人がおもしろいと思うものをみつけて部屋の外へ出て調べてくれさえすればいい。やりたいと思ったことをフィールドワークする。こちら側はそれを論文にしていくための、調査や研究のノウハウを伝授してあげるだけです。もちろん文献を当たることも大切ですが、その前にいろんな人にぶつかってきてもらいたいと思います。何よりもそれが大事で、初対面の人に話しかけて人間関係を築きながら調査を進める。それは研究に限らず将来いろいろなところで役立つと思う。それで最終的に人類学的なものが書ければそれで良しです。

 

面白い卒論はありますか。

沖縄の久高島で女の人たちがする潮干狩りについて書いたものがあります。これは本になりました*4。著者の熊倉文子さん(1994年卒)は島へ5回行きまして計半年ほど滞在していました。その間女の人達に密着し、どこを歩いたか、どんなものをどのぐらい獲ったかなど詳細にデータをとったんです。そこまでやると十分学問的に価値のあるものになります。着眼点がよくきっちりフィールドワークをすれば、学生だって研究者以上の論文が書ける。それが人類学のおもしろさです。

●脚注
【注1】▼エフェ
ピグミーの一グループ。ピグミーはコンゴ民主共和国やカメルーン共和国などの国のごく一部に住んでいる。人口およそ20万人。森の中でキャンプを作り生活している。

【注2】▼イトゥリの森
エフェが住んでいる場所。およそ4、5万人が住んでいると推定される。コンゴ民主共和国の北東の端に位置する。

【注3】▼たこフェリー
明石と淡路島の岩屋を20分で結ぶフェリー。一日36便で24時間営業。明石淡路フェリー株式会社運営。

【注4】『現代民俗学の視点 第1巻 民俗の技術』篠原徹編、朝倉書店(1998)・5200円。

 

 

 

寺嶋秀明[てらしまひであき]
1951年、北海道札幌市に生まれる。
京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。自然人類学・文化人類学専攻、理学博士。

福井大学教育学部助教授をへて、1992年から神戸学院大学人文学部教授。1973年以来、沖縄諸島、アフリカ(コンゴ民主共和国、カメルーン)、中国海南島などでフィールドワーク。人と自然とのかかわりを中心に研究。