Vol.12(2007年2月)
小山 正
臨床と発達—それはピアジェの研究との出合いから始まった—
人間が成長していく過程は千差万別、「このように育てれば間違いない」という公式のようなものはない。だから、子育てにはいろんな悩みがつきものだ。言語発達という側面から、悩めるおとうさんやおかあさんを力強くサポートする小山教授に話を聞いた。
INTERVIEW 藤原翔太・宮下麻耶
もともとは言語障害に関心があって、大学では教育学部に在籍し、言語発達と障害児発達学を学んでいました。2年生の時、故村井潤一先生の精神心理の授業を受け、そこでピアジェを知りました。彼は子育てをしている親ならばかならず見ているようなことを、発達的な視点で詳細に観察していてびっくりしました。ちょうどそのころ、心理学の世界で乳児研究が盛んになってきて、私も卒論で赤ちゃんの象徴機能の発達や障害について取り上げたんです。あの授業でピアジェの研究と出合わなければ、もしかすると小学校の先生になっていたのかもしれませんね。
現場から研究へ
大学院生の時、アルバイトのようなものだったけど、先生から保健所の検診に参加することを薦めていただいて、それが心理の仕事をはじめたきっかけです。その時は、親御さんの相談に乗るのが精一杯、だからつねに勉強していました。その後、大学院を修了して京都児童福祉センターに勤務しました。現場にいると研究機関で研究したいという気持ちが強くなってきました。幸いなことに当時の京都児童福祉センターには研究的な雰囲気があったし、研究者を育てそれを発展させてくれる環境がありました。そのおかげで研究者の道を進み大学教員となったわけです。
私たちの発達相談では、親御さんがどのようなことで悩んでおられるのか、心配されておられるのかをよく聞いて、子どもの発達を伝えていきます。例えば物を投げるという行為でも、子どもによって違います。だから子どもの発達状況を観察して、「今、あなたのお子さんが物を投げているのは、こういう発達的な理由によるものだから、見ておいてあげてもいいのではないですか」というようにアドバイスする。そうすると親御さんは安心される。このように子どものしている行動をわれわれが発達的な視点で観察する。そこで理解したものを、親御さんに理解していただくように丁寧に伝えていく。そうすることで、親御さんをサポートするわけです。
大学で教える傍ら、京都市の3歳児検診に心理相談員として協力させていただいてますし、滋賀県湖南市では乳児期の個別相談を行っています。土曜日にはゼミ生の協力を得て、大学で発達相談を行っています。この活動は本学に赴任する前から続けていて、愛知県など遠方から来られる方や、幼児のころから中学生になるまで長期的に相談に来られる方もいます。なぜそんなに長期に渡っておいでになるのかというと、成長の時期に応じて親御さんの悩みが変化し、それに応じてサポートを続けていく必要があるからです。
私のところでは、特にコミュニケーションの発達、言語発達の支援を行います。障害のあるお子さんの親御さんの場合、子どもとコミュニケーションをどうとればいいのかという悩みがけっこう多いんです。
「象徴機能」がライフワーク
障害のある子どもたちの発達に関する障害児発達学を研究しています。これは、障害児臨床という臨床心理学の中に含まれます。発達心理学自体が、臨床と研究の相互を行き来する感じですから、特に臨床にウエイトを置いたものが臨床発達ですね。実践か研究か、といったところでしょうか。
研究の中身を具体的に言うと、指差しとか象徴遊びとかことばの発達過程といったところです。人形を使って遊ぶ子どもの様子を観察したりしています。人形で遊ぶようになったということは、現実の人との関係で他者認識が発達してきた、ということを表しているんですね。私の研究室にはシルバニアファミリーの家や人形があって、子どもたちがそれらを使って遊ぶわけです。
これからも象徴機能の研究は続けていくと思います。研究者になってからずっとやってるんですが、まだまだわからないことが多い。
最近、心理士の必要性が叫ばれています。心理学も時代の要請に応じていく必要があると思いますが、私自身は昔から制度のこととか大きいことはあまり考えていません。考えないというよりも、自分自身の研究が手一杯でそこまで考える余裕がないという感じです。だから「発達」という大きなテーマについて、大学でも話をするようになったのはここ10年くらい。
今までもそうですが、これからも研究はなにか大きなことを見据えてとかではなくて、目の前にある小さなことからこつこつと取り組んでいきたいと思います。
※ピアジェ(1896〜1980)
スイスの心理学者。観察に基づいて、子どもの発達理論をつくった。子どもや人間の知能や認知機能の発達の過程を解明した。発達心理学の発展に与えた影響力は計り知れない。
※発達
個体がその生命活動において、環境に適応していく過程、人類の文化遺産の習得によって身体的、精神的に変化する過程、「成長」と「学習」というふたつの要因を含む。
※象徴機能
ものごとや出来事を何らかの記号に置き換えて、それが目の前に存在しない時にも記号 によって認識する事をいう。象徴機能の代表的なものが『ことば』である。
人文学部人間心理学科 小山 正教授
臨床心理士、臨床発達心理士。
1982年、大阪教育大学大学院修士課程教育学研究科修了。京都市児童福祉センター、愛知教育大学助教授、岐阜大学教育学部助教授を経て現職。
主な研究テーマは、「前言語期における認知発達」、「象徴機能の発達とその障害」、「言語獲得期にみられる個人差・発達スタイルの問題」。自閉症やダウン症の子ども達を育てる親御さんの発達相談を行っている。日本発達心理学会、日本特殊教育学会、日本音声言語医学会、日本自閉症スペクトラム学会に所属。