Vol.13 (2007年12月)

文化の数だけ「見方」がある

今も昔も世界のあちこちで起こっている争いごと。日本から見ていると、 なぜそんなことが起こるのか分かったようで分からない。問題の本質はどこにあるのか?
INTERVIEW 猪原麻子・有年沙織 PHOTO 一瀬千紘

 

 

研究内容とそのきっかけ

現在の研究は、ひとことでいうと文化史です。文化の歴史。
ことに、昔イギリスが植民地にしていたエリアのことを調べています。ひとつ例を挙げるなら、インド。日本では、明治維新があって江戸時代から明治時代になって、体制ががらりと変わったじゃないですか。で、すべてのシステムをヨーロッパをモデルにして学ぶようになった。あれは日本人がすすんでしたことだと思いますか? ひとつの見方によると、近代化しないと日本はのっとられてしまうという危機感を抱いたから起こったともいえますよね。
日本の場合はそれで済んだけど、インドとかは、否応なくそれをさせられたわけです、イギリスの植民地だったから。今、世界で起こっているさまざまな問題の原因というのは、日本とは違っていやいや西欧化させられたというのがひじょうに多いはずです。そこを調べることによって、グローバリズムに翻弄されている現代の日本で起こっている問題の解決策が見つかるかも…というのが私の研究ですね。といってもそんなに難しいことをやっているのではなくて、個別の食べ物とか着物とか習慣とか、そういうものがどう変化していったかっていうことを調べています。
私は文学部の英文科出身で、大学院までいって助手までやりました。文学部英文科というのは講義形式の授業はほとんどなくて、ひたすら英語のテキストを読む授業なんですよ。
私は英文科に入ったんだけど、そもそも日本人にイギリスの文学がわかるのか?っていう疑問があった。私を教えてくれた先生方は、イギリス文学は世界に通用する普遍的で立派な芸術だと思っていたけども、私はそれが変だなと若いときから思ってた。そういうふうに思い込まされているのではないだろうかと。日本人が「イギリス文学なんか読んだってわからん、面白くない」っていうのが普通。なのに、頭からよいと思い込んでいるから、必死にやっているのではないだろうか、という疑問が常にあったわけ。だったら、そう思い込ますためのノウハウとか仕組みがあるはずで、その仕組みを調べてみようと思った。それが文化の歴史を調べるということですね。

 

「思い込ます」ためのノウハウ

私が調べていることの代表として、インドを出しましたよね。なぜかというと、インドはイギリスにとっていちばん大事な植民地だったから。ご承知の通りインドってイギリスの何倍も広い。人口も多くて現在は12億人ぐらいいるだろうといわれているが、イギリスがインドをおさえていた頃は、少なくとも4億や5億はいたと思う。ところがイギリス人は2万人ぐらいでそれを支配してたわけ。変だと思いませんか? だってインド人200人で1人のイギリス人に抵抗すれば十分追い出せるのに、それができなかったのはなぜなのか。イギリス人はひじょうに頭のよい民族なんだけど、それは経験から学ぶっていう賢さなんです。あるときに失敗すると、それを応用して変えていって、行き過ぎたらまた戻してという、経験から学ぶひじょうにバランスのよい賢さ。
イギリスのインド支配がうまくいったことの背景には、別のところで実験をしていたから。その実験場所っていうのが、イギリスの隣にあるアイルランド。イギリスの最初の植民地です。と同時に、白人が白人を支配した唯一の例です。私の研究は、アイルランド研究から入ったといって間違いない。このアイルランドというのはイギリスが実験台にして人を何万人単位で殺し、農民をどっかに追いやってしまったり、めちゃくちゃしてイギリスが支配したので、その現地語がなくなってしまって、アイルランドの人々は英語しか喋れなくなってしまった。そんなアイルランド人が英語で書いたものを、アングロ・アイリッシュ文学というのです。
アングロ・アイリッシュのアイリッシュは「アイルランドの」という形容詞。で、アングロは「イギリスの、英語の」を表す形容詞なので、アングロ・アイリッシュっていうのは、「英語で書かれたアイルランドの」という意味です。これはイギリス文学とはちょっと違う。イギリス文学はもともと英語を使っていたイギリス人が、自分の言葉で書いたもの。しかし、アングロ・アイリッシュ文学はイギリス人にいじめられたアイルランド人が自己表現をするときに自分の言葉を知らないので、仕方なく押し付けられた英語を使って書いたもの。すごく悲劇的な状況だと思いませんか? 現在、アイルランド政府は、アイルランド語を復興させようとすごく努力はしてるけど、絶滅をくい止められるくらいで、国語になることはまずないでしょう。

 

はじまりはアイルランド

イギリス文学は、日常的なことばっかりを書くリアリズムの文学が主体なんですね。私は若い頃、リアリズムの文学が退屈で仕方なかったので、変な話とか変な展開のものを探してたら、それが全部アングロ・アイリッシュだった。アイルランドは支配されていたから安定した社会がないでしょ?いつひっくり返されるかわからないから、安定した社会を文学で書けない。だから、ファンタジーとかホラーといわれているジャンルのものがひじょうに多かった。例えば映画「ロード・オブ・ザ・リング」の原作『指輪物語』とかね。
私はアイルランドに一年留学し、それ以外にも何度か滞在して、合計して2年ぐらい住んでました。アイルランド人はアイルランド文学そのまんまですね。ひじょうに頭が切れるというか、ぱっとギャグとか返してくる。しかし、長期的にものは考えられない。陽気で人懐っこいけども、カッとなると何するかわからない。そういう暴れん坊ばっかりじゃないけど、やっぱり長期にわたって自分たち自身の安定した社会を持てなかったから、瞬間瞬間に刺激があると反発するというような民族性ですよね。だから、私にすごくよく合ってた。計画性がないという意味では(笑)。
アイルランドという国はカトリックの中で唯一メシがまずい国なんだけども、たぶんそれはイギリスに支配されたからでしょ。イギリスはメシのまずい国ですから。アイルランドはイギリスよりもまずい唯一の国だと思います。イギリスの2割増しぐらいまずいと思う。間違いない(笑)。
インドとアイルランドはイギリスを真ん中におくと鏡みたいによく似てる。両方ともイギリスにいじめられてきたから。

 

複眼的な視点を与えたい

人文学とかといった学問は、学問の成果が表れるとすぐに世の中に役に立つような、即効性のある学問ではない。だから、私が君たちに教えられることは何かというと、君たちは日本という国に生まれて、日本という国に育ってきてるから、知らず知らずに日本的なものの見方になっている。でも、見方はひとつではないということ。
例えばアイルランドやインド的な見方も当然あるわけなんだけども、それは彼らが独自につくってきたものだけではなくて、イギリスの支配が大きく影響している。さっきアイルランド人っていうのは、ほら吹きで長期的にものを考えられないって言ったけども、それは何千年前からそうであったんではなくて、植民地支配を受けたからそういう民族性ができてしまった。
日本人が外国から、独創性がないとか、付和雷同だとか、話し下手だとか言われてるじゃない? でも、それはアメリカ人の基準から見てるからそう見えるだけ。話下手で、人にうまく合わせて生きることがベストのような文化を日本はつくってきたわけです。私の基本的な視点というのは、アメリカが正しい、日本が正しいと、どちらかを基準に置くのではなくて、文化の基準は相対的である、あるいはいくつも原理があっていい、というところにあります。その複眼的な視点みたいなものを君たちに…、というのが私の学問ですよね。それが日本という社会で生きるにあたって何の得になるかは、私はわかりません。しかし、アメリカの言うことだけが正しいというふうに思わなくなれば、それだけでも私の教育は成功かなと思うんですけれども。

 

 

赤井 敏夫教授

人文学部人文学科 赤井 敏夫教授
1957年生まれ。関西学院大学文学部卒業後、同大学文学研究科博士課程に進む。1985年単位取得を満了し、1987年から本学で勤務。国際アイルランド文学会・日本映像学会に所属。主な研究課題は、19世紀末縲恬シ大戦間の英国文化と植民地主義との関係、19世紀以降のファンタジー文学、コモンウェルス近代化と民族映画。著書に、『トールキン神話の世界(人文書院 1994)』、『世紀末は動く、ヨーロッパ十九世紀転換期の生の諸相(松籟社 1995)』、『近・現代的想像力に見られるアイルランド気質(溪水社 2000)』、『ユダヤ教思想における悪(晃洋書房 2004)』がある。