Vol.21 (2011年11月)

こんな時代だから理系の一般常識を

科学者でありながら社交ダンスも全力投球。人生を積極的に楽しむ五島先生に、 今だから明かす研究者時代の秘話や教育についての思い語っていただきました。
文・一丸弥沙樹 写真・沖野 鈴

 

 

がん細胞を自分に注射してしまった

たぶん世界でひとりだと思うんですけど、私はヒトがん細胞を自分の体に約10億個注入した男です。KB細胞といって人間の口の中にできるがん細胞ですね。この細胞を使えば、同じ実験をしても再現性の高い正確なデータが得られるから、がんの基礎研究で欠かせないんです。
では、なぜそんなことになったのかというと…。
実験でこの細胞を使ってました。これを培養して100億くらいに増やし、紙のフィルターで濾していました。注射器の中に紙のフィルターを入れておいて、それをガラスの試験管に注入する作業をしていました。昔の注射器は今と違って、はじめに打つときは固くて力を入れないと打てない。しかし、力を入れるから勢いがついてすぐに止めるのは難しい。それで試験管に注入しているときに、試験管のガラスが割れて指にブスっと針が刺さってしまったんですね。さっき言ったようになかなか止まらないですから、最低でも約10億個のがん細胞を注入してしまいました。
怖かったですよ。ヒトの口の中にできるがん細胞を注入したんですから…。吸い出してももう遅いし、普通は病院に行って相談しますよね。けど、行ったらどうなる?と考えました。この細胞は実験用ですからしるしが入っている。KB細胞がすぐにわかる標識がついているんです。特殊な光を当てれば、僕の体の中でどこに行ってるかすぐに検出できる。だから、病院に行ったら調べつくされてしまうんじゃないかと思ったわけです。KB細胞が僕の体の中でどういうふうに回っているのか、どこでどういうふうにやられて減っていくのか、あるいはどこで増えていくのかとか研究されて、これなら半年間は入院させられると思いましたね。しかもこれ新聞に載るなぁと思いました、笑い話として。あほな研究者がいるぞ!と。
それで、もう放っておこう、自分の免疫力に賭けようと。41歳くらいでしたから、元気でしたし…。
幸いなことに10年間くらいなんもなかった。それで、知り合いのがん研究者に「実はこういうことがあって、KB細胞を誤って自分に注射してしまった」と話した。そしたら、「惜しかったなぁ…診させてほしかったなぁ」と。世界広しといえども、いまだかつてヒトにヒトのがん細胞を打ち込んだ研究はないですからね。それと、「しぶとい細胞だから免疫力が落ちたとき、口の中にがんができる可能性も否定できない」と言われました。でももう今は68歳ですから大丈夫でしょう。それにしても免疫ってすごいですよね。僕の免疫力があの細胞をちゃんと異物として処理してくれたから、だから今、生きている。私の免疫力の勝利です。

 

マイクロとミリの違い

東日本大震災震がありましたね。津波によって福島の原発がメルトダウンしました。深刻な放射能被害をもたらし、連日報道されています。事故が起こった当初、いろんな情報が錯綜する中、テレビから連日連夜、津波の被害状況とともにこの問題が報道されました。その中で、アナウンサーや記者がマイクロシーベルトとミリシーベルトを言い間違えて訂正することがよくありました。ミリはマイクロの1000倍違うんですよ。1000マイクロシーベルトも1ミリシーベルトも同じなのに、そういう単純なことさえアタマにきっちり入ってない報道関係者がいることにびっくりしました。

 

水も過ぎれば毒になる

放射能のガイドラインについていろいろ報道されていますが、放射線にしてもダイオキシンにしても他の毒にしても、この世の中に「毒物」はありません。また逆に、この世の中のものはすべて「毒物」であるともいえる。例をあげると、まず、水。水といっても普通の水ですよ。誰も水を毒とは思ってないでしょう? でも、1日に24リットル飲んだら半分くらいの人が水中毒になります。飲んだ水の量が、臓器が処理できる量よりも多い。つまり尿として出せる量よりも多いから体に留まるしかない。多くの場合は吐きますけどね。5人に1人くらいは死にます。だから水も毒です、ある意味では。
青酸カリは、毒物の代名詞です。しかし、体重1キロ当たり3ミリグラム摂取しないと毒にならない。体重が60キロの人だったら、180ミリグラムで致死率が50%になる。量が少なかったら毒にはならないんです。これは私たちが進化の過程で、毒物は肝臓で処理をするという能力を身につけたからです。処理能力を超えると問題が起こって死に至る。要するに量が問題なんです。それは放射線も同じ。被爆することで細胞のDNAが傷つく。でも修復する力が私たちの体に備わっている。それは人類の進化の過程で獲得してきたんです。長い40億年の歴史の中で、いろんな毒物や放射線にさらされてきました。そんな中で生き抜いてきた子孫だから、ある程度のダメージは回復できる能力を持っている。だから、ただ闇雲に恐れるのではなく、科学的に理解したうえで防御していくことが大事です。

 

生きていくのに必要な理系の基礎知識

医療についても理解しておいてほしいことがいろいろあります。最近、がん治療でNK細胞療法というのが話題になってます。がんにかかってその療法をすすめられたとき、いくら話題になっているからといって、うのみにしてほいほいとのっていいものかどうか。この療法はNK細胞を点滴みたいにして体内に入れていく。なんにでも効くなんて言われていますが、実はごくまれなケースで効いているだけなんです。この療法は保険外治療、つまり、自費診療。医者にとっては儲かる、親切心だけじゃないということです。
もっと身近なことでいえば、抗生物質なんて効かない菌が増えてしまうかもしれないから、できれば使わない方がいい。そう考えると必要最小限の薬を出す医者の方が安心できます。「薬を出さない医者、やたらに注射したがらない医者」――――それが良い医者の見分け方だと思います。
もし大きな病気にかかったときは、診てもらったお医者さんに頼りきりになるのではなく、セカンドオピニオンとして他のお医者さんの意見も聞くなどして、自分の体のことをちゃんと理解するべきです。
自分の体や病気は命にかかわることですから、医療の基礎知識は知識として持っておくべきです。また、原発の問題では、電力会社も行政もマスコミもどこも信用できない、誰も頼れないという状況です。なのに、自分は文系だからその手の話は…と避けている場合ではないでしょう。いくら文系人間でも理系の話だからと苦手意識を持たずに、理系の基本的な知識や常識は持っておくべきです。
自分や自分にかかわりのある人たちの命にかかわるようなことであれば、人に任せたり、盲目的に頼ったりするのではなく、自分自身そのことについてちゃんと理解しておくべきです。そしてそれに基づいて科学的に対応すべきです。科学技術に恩恵を受けている現代社会に生きる私たちにはそれが求められていると思います。

 

 

五島 喜與太 教授

人文学科 人間環境領域 教授 五島 喜與太
1972年大阪大学大学院理学研究科生理学専攻博士課程を修了し、理学博士となる。
武田薬品工業株式会社中央研究所に1972年から4年間所属し、その後名古屋大学理学部分子生物学研究施設での研究を経て、1985年から神戸学院大学人文学部教授になった。
主な研究課題は、「心筋細胞障害とその防御(酸素ラジカル、抗酸化剤、心筋)」「細胞間相互作用」である。