Vol.42(2022年3月)
服部 亮祐

人間には生まれながらに文法の知識がある!?普遍文法の存在について研究

 

「無意識のうちに私たちは、自分の母語については、複雑なことまで知っています。誰に教わったわけでもないのに」と語る服部亮祐先生。
言語について深く多角的に学べるのは、人文学部生の特権。
先生が研究されている言語学の内容を知れば、きっと目からウロコが落ちるはずだ。

 

すべての言語に普遍的に使われている文法がある

私が研究している生成文法理論で一番大きなテーマは、「人間の言語を扱う能力がどこからくるのか」についてです。
実は人間は言語や文法についての知識をもって生まれてくるのではないかと考えられています。
人間が使っている言語には、日本語、中国語、英語などいろいろありますが、それらの言語に普遍的に使われているベースになるものが遺伝子の中にあるのではないかといわれています。
これを普遍文法といいます。私の研究では、言語間の文法を比べたり、子どもが普遍文法の知識にもとづいて言語を獲得しているのかどうかを調べて、普遍文法の存在を証明しようとしています。

 

海外の生活で気づいた文法の共通性

言語学に興味をもったきっかけは、海外生活です。
私は高校を出てから、大学に行かずに18歳の時にカナダに語学留学をしました。
しかし学校での勉強だけでは限界がある。実際の社会の中で英語を使うためには仕事をしないといけないなと思って、10カ月間の語学留学後、ワーキングホリデーで1年間ニュージーランドに行き、ホテルで接客の仕事をしたり、牧場に住み込みで動物の世話をしたりしていました。
その後、日本に戻って大学に入り修士号まで取った後、アメリカの大学に行って博士号を取りました。
そういうわけで、いろいろな国で、いろいろな外国の人と会って、その人たちからいろいろな国の言語を研究した時期があります。
そのときに気づいたのが、外国語の言語ってバラバラだと思っていましたが、よく聞いてみると、すごく似ているところがあったということです。
例えば、中国語と英語の文の語順がほぼ一緒で、日本語、トルコ語、韓国語が同じ語順になっている。他にも、スペイン語などロマンス語系の言語と日本語は主語を省略できるという共通点がある。
全然違う言語なのに、なぜ似通った文法が存在しているのだろうか。その共通点はどこからくるのか、というのが言語自体に興味をもつ始まりでした。

 

スイッチを切り替えてカスタマイズする

言語の普遍性に関しては、先天的に文法的なものを持っていて、環境によって使うものを、スイッチを切り替えるように使っている。このスイッチをパラメータといいます。
言語同士、共通するところがあるといっても、文法上異なるところもある。
例えば、英語が「動詞+目的語」なのに対して、日本語は「目的語+動詞」という語順の違いがあります。
このような違いがどうして生まれたのかといえば、普遍文法の中に、最初から決められたスイッチが無数にあり、そのスイッチを切り替えて、それぞれの言語の文法にカスタマイズするのではないかと考えられています。
例えば、英語には「Wh〜」の疑問文をつくるときに、目的語である「Wh〜」が文頭に移動します。
「I bought a book .」→「What did you buy? 」
移動を起こす言語を世界中見渡してみると、英語のように移動を起こす言語と、日本語のように移動を起こさない言語がある。
「本を買った」→「何を買ったの?」
つまり、英語を獲得中の子どもは、周りの大人から英語を聞いて、文法を獲得していく中で、この言語は、「Wh〜」を前にもってくる言語なんだということが分かった段階で、「Wh〜」移動のパラメータのスイッチをオンにするというわけです。
 

トライリンガルの子どもが習得した文法は?

動詞と目的語の語順についてパラメータがあることは先ほど触れましたが、パラメータがオンになる過程を知るために、アメリカにいたときに、英語と中国語と日本語を話すトライリンガルのお子さんを1歳から3歳くらいまで観察を続けました。
お母さんが中国人で、お父さんが日本人。
アメリカに住んでいて、アメリカの保育園では英語を話します。
3つの言語を同時に獲得しようとする子どものケースです。
何が起こったかというと、2歳半くらいに、中国語、英語の「動詞+目的語」の語順で日本語をしゃべるようになりました。
例えば、「食べる、カレー」とか、「じゃない、おねんね」とか。日本語なのに語順が逆になってしまった。
日本語だと、「目的語+動詞」にセットされないといけないんですけど、語順の環境が2対1。
マジョリティ側の影響を受けて、日本語のパラメータの設定を間違えてしまったのです。(表参照)

トライリンガルの子供の言語環境


 

最近は「選好注視法」で子どもに実験

一般に子どもたちは6歳までに母語の文法をマスターしています。
それもありえない素早さで正確に獲得することが分かっています。
最近は子どもが言語に対して何を知っていて、何を知らないのかを測る「選好注視法」という手法を使って実験をやっています。
横長の画面の前に座らせて、画面に2つの異なる画像を流す。
同時に文を聴かせますが、その文が画像の一つとだけ一致しています。
例えば、左に背の高い人形、右に背の低い人形の画像を流しながら、「この人形は背が高いね」という文を聴かせると、子どもがすばやく背の高い人形を見るかどうか、子どもの目の動きをビデオで録画して、聞いたことをちゃんと理解したか、理解度を測る実験をやっています。
子どもに普遍文法に基づく知識が備わっているのかどうか、こうした実験から分かってくるかもしれません。
学生へのアドバイスですか? そうですね。
日本語の文法について、母語話者である我々が気づいていない謎がいろいろあること、そしてその謎がどこからくるのかを他の言語の文法と比較、分析して、考えてみてほしいと思います。
取材・文/廣田昂大

選好注視法で実験中の子ども

服部 亮祐

 

2010年 横浜市立大学国際総合科学部卒
2012年 東京大学総合文化研究科修士課程修了
2019年 コネティカット大学(米国)言語学科博士課程修了
2019年-現在 神戸学院大学人文学部講師