2006年11月号

社会の病理から、子供たちを守る

いじめや児童虐待 不機嫌な社会で吹き出す事件の被害を受ける子供たち。いろんな問題が待ったなしで持ち込まれる児童福祉の現場で、子供たちのために闘う先輩がいる。
(インタビュー 徳永早紀/文 速水友裕/写真 山脇慎也)

 

「電話なら夜10時以降にしてください」-取材依頼のメールを送ってから数日。待ちに待った返信メールに、取材を受けてもいいという短い文面の最後にそう記されていた。児童福祉司といえば公務員、なのに…。夜10時、面識もないのにそんな遅くに電話してもいいものかと考えながら、恐る恐る電話をかけると、どうやら帰宅途中の電車の中らしい。「11時半ごろ、もう一度」ということになって、改めて電話をし、取材日を決めた。「日付がギリギリ変わらない時間まで仕事してるから」
6月18日、日曜日。阪急西宮北口駅近くの喫茶店、慣れない電話の非礼を詫びる間もなく横田さんは語り始めた。カジュアルな装いだからか、大学生といっても通る外見。心理学を学んでいる後輩ということもあって、私たちの緊張の糸がほぐれるように、会話をリードしてくれる。インタビューしに来たのか、されに来たのか、どちらかわからなくなってきた。
「相談に来られた方のお話を聞いたり、学校や保育所、養護施設など関係機関、それに児童の家庭に電話連絡したり、出向いたりしていると日が暮れる。デスクワークはそれから。日付が変わらないギリギリに帰れる時間まで書類を書いていると、もう10時は過ぎてしまう。それの繰り返しですね」
彼が勤める児童相談所とは児童の生活全般に関して保護者や学校などからの相談に応じ、児童や家庭について調査や判定を行って、必要な指導や措置をとる公の機関だ。障害を持つ児童、非行少年、不登校児童の相談など多岐にわたる業務の中で、最近特に増加しているのが児童虐待を含む養護相談だ。
虐待され続けた児童の悲惨な事件が引きがねとなって、児童虐待問題がメディアで取り上げられ、社会問題となったのが90年代後半。2000年には「児童虐待防止法」が制定され、さらに04年に改正される。また、同年に改正された「児童福祉法」と相まって、児童相談所の持つ権限とそれに対する期待は大きくなった。
「基本的には、児童虐待防止法に記されている、『学校、児童福祉施設、病院、保健師、弁護士』といった職務上児童福祉に関係がある人が虐待の早期発見に努める義務ができたんですね。そのうえで、『児童虐待を受けたと思われる児童を発見』したら、つまり『虐待じゃないのかな?』と疑いを持った時点で、児童相談所や同じような機能を持つ機関に通報する義務ができた」 そういうこともあって、相談や通報の件数が増え続け、05年度には全国の児童相談所が対応した件数が過去最高の3万4451件となったのだ。
彼の仕事である児童福祉司は、問題を抱えた子どもやその保護者からの相談を受け、子どもを取り巻く環境を調査し、医学や心理学の専門家たちと協力して支援する児童相談所の中心となる仕事だ。
「私が働いている児童相談所では児童福祉司は30名弱。それでも、寄せられる相談件数が多く、相談によっては即座に改善されないものも少なくないので、みんな忙しい」と横田さんは言う。

 

きっかけはボランティア

両親共に福祉関係の学問を修め、母は保育士、父は医療機関と関わる職場に勤める家庭で育った横田さんだが、福祉というものを初めて意識したのは小学生のころ。ある出来事がきっかけだった。
障害者とともに岡山県倉敷市にある大原美術館に行くというボランティアに父といっしょに参加し、身体に障害を持った30代の男性の車椅子を押して見て回った。
「それまでは身近に障害者がいなかったこともあって、なんとなく自分たちとは違う人なんだ、と感じていました。でも話していくと全然そんなことなくて。つい障害を持っているところだけに目が行きがちだけど、それを除けば私たち健常者といっしょということに気づいたんです。」
それからいっしょに登校する班にダウン症の子や、クラスに障害を持った子がいても、「日常の暮らしに障害者がいるから、みんなで当たり前のようにサポートしていた」と言う。
大学進学をひかえ、進路のことを考えるようになって、興味は自然と。“他人を支援していく”ことに向いていった。そして自宅から近かった神戸学院大学に進学し、心理学を学んだ。

 

現場に立って見えてきたもの

「心理学系の授業はどれも楽しくて、教室の一番前のほうで机に噛りついて授業を受けました」
勉強以外にもバンドにサッカーサークル、アルバイトと活発なキャンパスライフを謳歌した彼だが、将来のことを考えて、いろんなボランティアに参加した。

 

大学時代に参加したボランティアの仲間たちと 前列左より2人目故生渾雅夫元人文学部教授 前列中央松下裕元人文学部教授

「心理学を勉強する中で、それを生かした仕事をしたいと思って…。ゼミの先輩に相談したら紹介されたんです」
加古川市の子育て支援事業のボランティア。1歳半検診や3歳児検診で発達面などで支援が必要とみられた子の親たちが、心理学の専門家を交えて話し合いや悩みの相談をする。その間、子どもたちといっしょに遊んだ。
その他にもいろんなボランティアに参加する中で、彼の進路に大きな影響を与えたのが、兵庫県の児童相談所が行っていた「メンタルフレンド」というボランティアだった。それは子どもたちと年齢の近い大学生が、子どもたちといっしょに遊んだり勉強したりしていく中で、子どもの心の安定や意欲を引き出し、友達とのつきあいに自信を持ってもらうための事業だ。児童相談所に定期的に行って子どもたちと遊び、夏にはキャンプにも行った。4年生の1年間、大学院進学後も、キャンプなどの単発のイベントには参加した。
「大学生で、今の仕事と同じフィールドに立てたこの体験は貴重でした。心理判定員やケースワーカーとも知り合いになれたし、仕事を見ることができた。自分がめざしていた仕事が具体的にイメージできたのは本当によかった。」
友人たちが就職活動する中で不安を感じながらも、「心理学を生かした仕事がしたい」という強い気持ちに推され、神戸学院大学の大学院に進学した。
「不安は満載でしたけどね(笑)。心理学という専門知識を活かした仕事というのは、世の中では確かに求められている。けど、現実には働き口もそう多くないし、生計を立てるのも簡単ではない。それでもその道で生きていこうとする先輩たちが、いろんなネットワークを作り、後輩たちをつないでくれたんですね。」
大学院修士課程修了後、岡山県にある社会福祉法人へ心理判定員として就職した。
心理判定員とは児童や障害者の自立のために心理学的な見地から援助を行うのが仕事だ。発達障害を持っていたり、その疑いのある人に対して、発達状態や心的状況把握をし、それに基づいて、個別もしくは集団での療育を行う。
病院の外来にやってきた発達障害を持つ人や、その疑いのある人の検査をし、担当医と相談しながら支援の方針を決め、心理療法を行った。
2年ほど働いた後、大阪府が募集していた児童福祉司の採用試験に合格した。大学院生のころから数えると10数回公務員試験を受け続けていた。それがようやく実ったのだ。
「いずれは地元で仕事がしたいと思っていたので。どの自治体でも福祉職、特に心理職は毎年若干名か、採用のない年もある。だから時には倍率が100倍を超えることも。でも、繰り返し受けていると問題の傾向もわかってくる」
とはいえ、仕事の合間を縫っての受験勉強。けっして楽ではないことは、想像に難くない。

 

この分野をめざしてほしい

横田さんが大阪府の児童相談所の児童福祉司となった05年の前の年、太田房恵知事は府内に7ヶ所ある児童相談所に児童心理に詳しい専門職員を増員配置することを表明していた。その背景にあったのは、岸和田市で起きた中学3年生虐待事件だ。
「学校や児童相談所がもっと積極的に介入しておけば…」と児童相談所や学校は世間の批判にさらされていた。そういう状況の中での就職。
「大阪府の児童相談所では、子どもを施設に入所させながら支援するケースが年100件くらいあって、それは担当ケース数の約2割。1人の福祉司が担当するのは平均で500件くらいになりますね。」
相談しに来る人にとっては、ベテランと新人で差があっては困る。公務員に求められる公平性の観点からも、新人であっても即戦力となることが要求される。それだけに職場が変わった直後は戸惑いも多かったと言う。
「今までは子どもを見ることが中心だった。ところが児童福祉司という仕事はより広い視野をもち、問題を解決するためにどのような支援が必要かを判断し、その支援をコーディネートすることが求められる。相談の電話が入ったり、相談者が来ると、まずどういったことの相談であるかをお聞きする。その後、心理判定員や保健師、医師など児童相談所のスタッフと相談して、その子や家庭にどの様に支援していくかを決めていく。
児童福祉司になって、苦労することも増えた。緊急性の高い相談では、夜中であっても子どもの元に駆けつける。
「楽できる仕事ではないと覚悟はしていたけど、やっぱりきつい。休みでも必要とあらば出てこないといけないし。」
また、正解というものがない仕事だけに、いつも悩みがつきまとう。
「その子のためを思ってやったことが、本人には自分のためと思ってもらえず、反発されることもある。後から『これが本当にその子のためになったんやろうか?』と悩むこともあります。それに、親御さんから反発を受けて、怒鳴られたりすることもある。」
そんな厳しい仕事現場の様子を淡々と語る横田さん。インタビューの最後に、児童福祉司という仕事のやりがいについて聞いた。
「勉強も大変だし、精神的にも、身体的にもタフじゃないといけない。だけどやりがいある仕事です。だから、今、心理学を生かした仕事をしたいと考えている人たちには、ひとつの道として考えてほしいですね」
肉体的にも精神的にもきつく、時には危険に見舞われることもある児童福祉司。この仕事を続けられるのは、親から受け継いだ子どもたちに対するやさしさ、そして心理の専門家としてのこだわりだ。
自分が人を救える人間になれるかどうかわからない。でも、今学んでいる心理学をただ「楽しかった」で終わらせたくない。自分にとって心理学という学問を学ぶ意味とはなにか?。 改めてじっくり考えてみようと思う。

 

 

卒論ダイジェスト

単純性嗜好 複雑性嗜好と曖昧さに対する耐性の関係

本研究は、一般大学生における図形の単純性―複雑性という嗜好傾向と日常の曖昧さに対する耐性との間に何らかの関係があるかどうか、また良さと好みとの評定傾向に違いは見られるのかを、今井によって開発された「曖昧さに対する耐性」を評定する尺度(ATS-IV)を用いて調査されている。
まず、良さと好みの評定傾向の違いについては、今井によって作成された16種類のドットパターンを、―つずつ、ランダムに3秒間呈示して行われた。この結果は先行実験の結果同様、良さと好みの間で評定傾向の違いは見られなかったと述べられている。
次に、図形の嗜好傾向と日常の曖昧さに対する耐性の関係については、曖昧さ耐性の高低と好みにおける図形評定傾向との間に有意差を得ることはできなかったので関係ないと言えると述べられている。しかし、統計的な有意差は得られなかったものの、曖昧さ耐性の高低により2・3群に分けた時、また「目的・予定把握に関する因子」と「ものごとの規則に関する因子」別に取り出した時に、共通の評定傾向が見られた。それは、曖昧さ耐性の高い人が不安定(複雑)図形で、曖昧さ耐性の低い人が安定(単純)図形で、高い得点を与えるという傾向である。これは、曖昧さ耐性の高低と好みにおける図形評定傾向との間に何らかの関係があること示唆しているものと思われる、と述べられている。