2020年3月号

4年次に靴磨き職人を目指してダッシュ!
卒業後2年足らずでショップオープン!

中学のときから陸上競技を続けていた小林里沙子さん。
大学2年次にけがで陸上を断念したが、3年次に約8万円の高価な英国製の革靴を購入したことがきっかけで靴職人の道を目指し、4年次から専門店でアルバイトをしながら腕を磨く。
卒業後もアルバイトを続けながら、ネットで「Dansako’s」を立ち上げる。
さらに資金を貯めて、2020年1月にはショップをオープン。
驚異的な行動力で疾走する小林さんに話を伺いました。

取材・文/見坂侑哉

 

Profile

1996年神戸市垂水区生まれ。兵庫県立須磨友が丘高校出身。高校1年女子3000m障害で日本歴代2位を記録。大学では駅伝部に所属して活躍するがけがで断念。靴職人を目指して在学中からアルバイト。2020年1月にショップをオープンさせる。

 

アスリートの道を断念。だが後悔なし!

靴磨き職人として忙しい日々を過ごす小林里沙子さんに、何とか時間をつくってもらい、2019年11月21日、神戸元町のカフェで取材をした。
中学から陸上に熱中していた小林さんは、駅伝で兵庫県内で一番強い公立高校に進学し、3000m障害では、女子・高校1年歴代2位の記録をもっている。
大学入学後は駅伝部で活躍するが、2年次の終わりにけがをした。競技者としては限界かなと感じて、陸上からは身を退く。
「やり切った感があったから、未練や後悔はありませんでした」
普通の大学生活に戻ると、駅伝部時代にはできなかった海外旅行を企画。アルバイトで旅行費用を稼ぎ、イタリアやドイツに赴いた。イタリアに行ったのは、卒業論文のテーマが「ロメオとジュリエット」だったことと、当時から興味があった革靴を見て回ることも目当ての一つだった。

高校時代の3000m障害競技中

 

きっかけは、高価な英国製革靴の購入

陸上競技を断念した小林さんが、なぜ靴磨き職人を志したのか。もともと英国のファッションや革靴が好きだったが、3年次に約8万円の英国製の革靴に一目惚れして購入したことがきっかけだ。
なぜそんなに高いのかを調べた結果、素材も作り方も違ううえ、職人の手作りだからだと分かり、一層革靴が好きになった。当然のように靴のケアにも力が入る。
毎朝、きれいな状態の靴を磨くと少し幸せに感じる。できれば他の人にも同じ気持ちになってほしいと思うようになった。また、靴の磨き方を調べている段階で靴磨き職人の存在を知り、将来の仕事にしようかと考え始めた。
以前、ゼミの担当であった長谷川弘基先生から「好きなことを見つけなさい」と教えられた。「好きなことでないと、いいパフォーマンスはできない」とも言われた。
「私は好きなことが分かったから、これを仕事にしよう」と、4年次のとき本気で靴磨き職人になることを決意した。

 

3年次に購入した約8万円もする英国製の革靴

 

在学中に靴磨き職人を目指してアルバイト

靴磨き職人の仕事があることを知ったが、人数は少ない。育成する専門の学校もない。そこで師匠として教えてもらえる人を探し出し、弟子入りを志願した。
「無償でもいいから、教えてほしい」
「独立したいから、一人でやりたい」
実はその人は靴修理・靴磨きの会社の社員だったので、その会社にアルバイトとして入り、ショップのある百貨店に通うことになった。
それからは修行の日々である。アルバイトとは別に、練習の数をこなすためお金をもらわずに多くの人から靴を借りて磨いた。百貨店が休みのときはアルバイト先の会社に出てひたすら磨いたという。
「半年くらいは、遊びもせずにひたすら靴を磨いていましたね」
そして1年ほど経ってからようやく料金をもらってもいいかなと判断してプロとして仕事を始める。

難しさを克服しながらプロの腕を磨く

靴を磨く順番は、まずブラッシングとクリームで靴の汚れをとり、表面に合った色を入れて、最後にワックスで表面を仕上げていく。
難しいのは、お客様がどういうスタイルにしたいのかを知ることだ。
「例えば鏡面仕上げを希望されても、ただピカピカにすればいい、というものでもありません。お客さんの要望をよく聞いたうえで磨きます」
また着色の工程も、色によっては難しい。
「黒の革靴ならそのまま黒色を塗りますが、微妙な色なら混ぜてそれに近い色を作ります。女性の靴は難しい色が多いですね」
大変なことも多いが、やっていて良かったと思うのは、靴を磨いた後、お客様から「ありがとう」「気持ちいいわ」や、「スッキリした」「散髪にいった後の気分です」といった言葉を聞いたときで、やっぱり嬉しいという。

靴磨きのプロとして

内装もホームページも自分たちでやる

卒業後もアルバイトを続けながら資金を貯め、アトリエを兼ねたショップ開設のための不動産物件を探した。そして2019年8月、神戸元町のトアウエストにあるビルの5階を契約した。
取材後にまだ内装工事中のショップを訪れた。15㎡ほどの狭さだが窓からあかりが差し込み、白ベースの透明感溢れる空間だった。ボックスには革靴の他にも、革製のキーホルダーやスリッパなどもある。全部、小林さんがデザインしたものだ。
「資金が乏しいから、内装は全部、身近な人に助けてもらいながら自分たちでやっています。だから完成も遅れて‥‥」
ショップ名は「Dansako’s」。内装工事を進めながら、知名度アップのためにホームページを立ち上げた。ロゴマークもホームページも友達の助けを借りながら小林さんがつくったものだ。その行動力に驚くばかりである。そして2020年1月、ショップもついに完成した。
靴磨きに来られるお客さんの層は、中高年の男性が多い。これからは女性客をもっと増やしていきたいと小林さんは意気込む。

 

愛用の靴磨きセット

 

Before

After

好きなことを見つけてほしい

在学中に靴磨き職人を目指してアルバイトを始め、卒業して2年足らずでショップをもった小林さんに、学生たちへのメッセージをお願いした。
「何でもいいや、みたいな気持ちで社会人になるよりは、やっぱり好きなこと、興味のあることを仕事にした方が幸せかな。ただ、金銭面や福利厚生面など安定性と好きな仕事との両立は難しいかも知れません。でも私は好きなことを選んで後悔はしていないし、できるところまでやってみようと考えています。だから、まずは好きなことを見つけてほしいですね」
自分で選んだ道、それも自分の好きな道だからこそ、ひたむきに走り続けられるのかも知れない。

ショップに佇む小林さん

 
 
 

クラフトマンコート。
背中の模様はショップづくりに協力してくれた人たちの足型