Vol.3 (2004年4月)

医療心理学 脳からわかる「こころ」の秘密

今年度神戸学院大学に新設された、人文学部人間心理学科。全国的にもめずらしい、現代の心理学のほぼすべての領域をカバーしたといわれるこの学科の中でも、特に注目されているのが医療心理学領域。開設にあたって赴任された山鳥重先生のお話には、「こころ」を通して私たちが学ぶべきことが、たくさん隠されていた。
TEXT 池内晴美

 

 

医療心理学ってどういうものですか?

常に脳というのは働いているわけだけれど、病気になったら壊れる。そういうときの人間の心理的な状態がどうなっているかということを、脳の損傷と照らし合わせながら研究するのが、僕が考えている医療心理学です。病気で脳に損傷がある場合、場所によって違うけれど、はっきり何らかの心理学的問題が出てくる。たとえば、脳の後ろの方で損傷があると視力がおかしくなるとか、左半球で損傷があると言葉がおかしくなるとかね。
そういうところから、脳とこころの関係をきちっとつき合わせて考えようというのが私のやってきた研究です。最近は高齢化と医療の発達で、脳損傷からおこる障害を抱えながら社会を生きていく人が増えている。現代的な問題とも絡めて、そういう人達の心理状態やケアは、認知障害と脳の関係、すなわち脳とこころのつながりを勉強していかないとわからないことが多い。
僕はこれまで医者として、また医学部で教授として教えながら、こういう脳とこころのつながりを考えることって、医学よりもっと心理学の方に必要じゃないかという気はずっとしててね。極端に言うと、僕がこの大学に来ておもしろかったのが、授業で学生に「こころ」ってどこにあるかというのを聞いたら、半分以上が心臓にあると言ったんですね。
へえ~と思ってね、医学生と心理を学ぶ学生の考え方はこんなところから違うものなのかと。
心理学を学ぶ人が脳のことに知識を持つのは大事だと思うよ。4年間という短い大学生活の中で、病院で使える実質的なことまで勉強するのは難しいけど、脳とつながった「こころ」っていうものにみんながもう少し興味を持てば、今までと違う、より具体的な心理学の世界が開けてくるはずだから。

 

ゼミはどのように進められますか。

実は僕はゼミを持つのは初めてなんです。医学部にはそんなのなかったからゼミって何するものなのか、それすら分からないわけで(笑)。で、それをいろんな先生に聞いて回ったりしたんだけど、たまたまある学会で僕の知ってる教授が、ゼミにおける教師の仕事はfacilitator(ファシリテーター)だと言ったんだよね。
facilitateと言うのは容易にする・促進するという意味で、自分で学ぶ勉強を容易にするということなんだけど、あぁいいこと聞いたと思ってね(笑)。よし、僕は何も教えないぞと、僕はファシリテーターだぞと一番最初の授業で黒板に書いて(笑)。僕のほうも試行錯誤だからね、これからのゼミをどうやっていくかは、みんなの反応も見ながらまた考えていきたいです。最近は、自分で考えるという習慣をつけるための勉強がどうもゼミというものなんじゃないかと思っているので、みんなが工夫して調べて考えて、オリジナルの発表をしていけるような場になればいいなとは思っています。

 

ゼミで学んだことはどのように役立ちますか?

僕のゼミや医療心理学が社会に出る上で必ずすべての人に役立つのかと言われたら、それは難しいね。一生心理学的なことをやっていきたいという人には確実に役に立つけど、全く関係ない一般の会社に就職する人にすれば、学んだ内容そのものはほとんど役に立たないかもしれない。ただ結局、どんな領域のどんな勉強でもいちばん大事なのは、「え、こんなことあるの?」という一番本質に近い部分、つまり自分なりの答えのようなものが「わかる」こと。そしてそれによって「わかる」プロセスを知るということ。僕の好きな言葉に、「Experience is not what happens to you: It is what you do with what happens to you.」という言葉があるのね。
つまりどういうことかというと、経験というのは何が起こったかということじゃなくて、起こったことに自分がどう対処したかということであると。だから、今みんなが専門の知識を授業で習っているのも、何の役にも立たないと思っているかもしれないけど、それを勉強したプロセスというのは絶対に無駄にはならない。「こころ」はその、「わかった」プロセスで得た必要な部分だけをちゃんと蓄積していってくれる。今まさに僕達の知ろうとしている「こころ」の奥深いところは、そこにあるんじゃないかな。事実なんて、インターネットや辞書を引けばいくらでも簡単に出てくるもの。大事なのは、事実そのものじゃない。どうやってそれを覚えて自分のものにしたか、どうやって「わかって」「こころ」に蓄積したかということ。事実よりはそのプロセスが大事なんです。大学で学ぶということで何より重要なのは、4年間ちゃんと勉強したという経験を残すことだと僕は思います。

 

学生たちに学んでほしいことは?

心理学系の勉強で一番大事なのは「こころを見ることがどんなに難しいか知る」ということですね。やはり何事においても、難しいということを知るのはすごく大事だと思います。難しいことだからがんばらないといけないし、難しいからこそがんばろうと思える。自分なりのやりがいというのは、きっとそこから生まれてくるんじゃないかな。
大学の4年間というのは人生のスタートの4年。だから、ここを出たら何かの専門家になってすぐ社会に貢献できるのかというとそういうことではない。4年を土台に自分にとって本当に大事なこと、やりがいのあることを見つけて、一生それをがんばっていくための習慣が大学で出来たなあと実感することができれば、その4年は君たちにとって大変意義のある時間だったと言えるでしょう?
その点ここには、自分の興味を導き出すための設備が万全に整っている。人文学部の「おもしろがるこころ」を重視する発想は僕も共感するところが非常に多くて、以前の大学でも同じようなことを学生に話していたんです。あとは、学生がどれだけ積極的に参加するか。結局「こころ」というのは本人だけが持っているもので、他の人がどうこう出来るものでは決してないんです。
自分が興味を持つことで、「わかる」プロセスを経て、それぞれの「こころ」の中にまたひとつ新しい世界が広がっていくんじゃないかと、そう思っています。

 

山鳥 重先生

人文学部人間心理学科 医療心理学領域教授
山鳥 重先生
1939年兵庫県生まれ。神戸大学大学院医学研究科修了、医学博士。
失語症、健忘症を中心とした高次機能障害を研究。ボストン大学神経内科、神戸大学医学部神経科助教授、東北大学医学系研究科教授等を経て、昨年神戸学院大学人文学部へ。新設された人間心理学科を支える新しい領域、医療心理学担当の教授として注目される。医学部からの転身ということもあり、学生やそのシステムの違いにとまどう日々。「でも、こちらが学ぶことも多くて、毎日とてもおもしろいよ。」