Vol.37(2019年9月)
立田 慶裕

自分を語ることは、自分を知るきっかけに。「語り」に着目したナラティブ学習

高校の先生の一言で 教育者の道に

高校卒業の時に指導の先生から「君は指導力があるから教育分野に行け」と言われたんです。親には「医者になれ」って言われていたんですけどね。高校卒業の年に大阪大学に新しく人間科学部ができるという話だったので、そこを受けたら合格してしまいました。
動物が好きだったので、はじめは動物行動学を勉強しようと思ってたんですね。ところがサルに嫌われてしまって…(笑)。それで動物行動学を諦めて、教育の研究をずっと手がけています。
教育には学校教育だけでなく、社会教育と成人教育の分野がありますが、それら全部を通して勉強してみたい気持ちがありました。それで、卒論は教育社会学の分野でビジネスエリートの補充をテーマにしました。そのあと大学の社会教育論講座の助手に採用され、成人の学習やカルチャーセンター、図書館について研究しました。
その後、東海大学に移って6年間、講師と助教授を勤めました。1980年の終わりころに文部科学省が生涯学習政策に力を入れ始め、国立教育研究所の生涯学習研究部に研究官として採用されました。1993年以後ほぼ20年以上、生涯学習の研究をしました。その時の研究所次長から「君、ちょっとヨーロッパに行ってこい」と言われて、3週間ほどヨーロッパに一人で行きました。そこでユネスコやOECDの人たちと知り合いになって、それ以後、ユネスコとOECDとの共同研究を行いました。

情報過多時代、 学校の学習だけでは無理

さて、生涯学習は、高齢者のものとい う考えをもっている学生もいますが、 その視点は間違いですから捨ててください。
そもそも生涯学習という考え方は1960年代に生まれました。1960~1970年代は高度経済成長の時代で人間が機械の部品のように扱われ、人間性が奪われていった時代でした。そこでユネスコが人間性回復のために生涯教育の考え方を出してきたのです。深い意味で人間を育てないといけないと考えたんですね。
1980年代になってインターネットがすごく発達しました。それが何をもたらしたかというと、人間・社会の「情報量の過剰化」です。全部の知識を学校時代に教えることは無理です。それなら生涯にわたって必要なものだけ学んでいけばいい。あるいは、学ぶためのスキルを身につけることが重要です。まず基本的な知識やスキルを学校で学びます。あとは、学校を出てからゆっくりと自分に必要なものを学べばいいという考え方が出てきました。これも生涯学習という考えが起こった理由の一つです。

問題解決にも役立つナラティブ学習

私が力を入れている研究の一つに、ナラティブ学習があります。ナラティブとは、「物語り」「語り」と訳すことができます。実は、人類に昔からあった教育の方法は「語り」なんですね。文字がなかったわけですから。親が子に語る、村の長老が皆に物語を口承で語っていきます。ネイティブアメリカンの物語も、アイヌの物語も「語り」が中心です。それがだんだんと時代を経て文字が生まれ、活字ができて小説などの文学につながります。「語り」は物語、ストーリーの基礎になっているのです。
語ることには大きな意味があります。例えば、自分を語ることによって自分の過去を見直すことができます。自分が何にポイントをおいて語るかによって物の見え方、将来への展望が変わってきます。

私が授業や研究で行った試みに「デジタル・ストーリー・テリング」があります。パワーポイントを使って、写真を映しながら自分のことをナレーションとして語ります。写真の選択、映す順序によって物語はどんどん変わります。自分なりに過去を見直すことで、違った意味を与えられます。つまり自分を語ることは、自分を深く知るきっかけになります。
また、人の語りを聞くことからも、多くのことを学べます。自分が語り、人の語りを聞く。それを通じて人と社会に関する相互の理解を深める。これがナラティブ学習です。個人の知識には限界があります。個人で学ぶよりもできればチームで学ぶ。仲間の知恵を借りる方が問題解決につながりやすい。さらにテクノロジーの力を借りればいっそう問題を解決しやすいでしょう。

何をしたいのかを考え、必要な知識とスキルを!

学生の皆さんには、高齢期の退職後のことを心配するよりも、まず自分が何をしたいのか、どんな生き方をしたいのかを考えてほしい。そのうえで自分に何ができるかを考え、必要な知識、スキルを身につけてほしいですね。
自分と世界について知るには、本を読むことです。本を読むことは人と対話することです。ぜひ多くの本を読んでほしいですね。
同時に、語学の力を磨いていただきたい。日本語と英語、最低2カ国語を身につけてほしい。外国語ができれば世界の本も読むことができるし、ネットを通じて世界を知ることもできます。また、外国の人とコミュニケーションが取れます。そこで世界をいろいろなレンズで見る力を身につけて、自分の視野を広げていってほしいですね。

最後に、みなさんの生活の中では、できるだけ質のいいものを選んでください。質の高い映画、美術、音楽、食事、経験を楽しんで、自分の資質を高めていってほしいと思います。

取材・文/米谷百香

インタビュアーの感想

教職を希望しているため、立田先生の授業を日頃も受講しています。授業でも感じる人当たりの良さや優しさがインタビュー時でも感じられて、とてもリラックスしてインタビューができました。今回、先生の研究の中で生涯学習と物語(ナラティブ)について質問をしましたが、専門用語が多く、よく分からないこともありました。しかし、先生がそのつど説明してくださったり、分かりやすい資料を用意してくださったのでこの記事を作るときにとても助かりました。

  
 


  
 

立田慶裕
人文学部教授
〈専門領域〉生涯学習論・教育社会学

1953年生まれ。大阪大学人間科学部卒業。大阪大学教育学専攻修士課程修了。大阪大学人間科学部社会教育論講座助手を務めた後、東海大学助教授に。その後、国立教育政策研究所生涯学習研究部にて研究室室長、総括研究官を務め、2014年退職。国立教育政策研究所名誉所員。放送大学客員教授。現在、神戸学院大学で教授を務める。