Vol.7 (2005年4月)
熊田 俊二

コトバの狩人

聞く、話す、考える、感じる…。いつもそれがなければ生きていけないほど、わたしたちにとって必要不可欠なものなのに、あらためてそれを意識することもない言葉。そこに秘められたナゾを、英語と日本語のふたつの視点から解き明かそうとする熊田先生は、言葉の海から意味を見いだすコトバの狩人。抽象的な話題にときおり目眩を覚えつつ、言語を研究する魅力について聞いた。
TEXT 北丸純矢

 

 

「on」 ≠「~の上に」

私がこれまで研究してきたことは英語学で、英語と日本語の比較や前置詞の意味なんかを中心にやってきましたね。
例えば、「on」という単語がある。「on」を今まで習った意味で表すと「~の上に」と習ったでしょ?でもA picture is on the blackboardは「絵が一枚黒板に張ってある」という意味です。どう見ても「~の上に」という意味は当てはまらない。だから今まで習ってきた英語の意味では「~の上に」だけど、こういう事を考えていくと「on」というのは「接触」という意味ではないかと。だから、The dress is on the hanger(ハンガーに服が掛かっている)とかA dog is on a leash(犬が紐で繋がれている)ということを英語で表現しようとすると必ず「on」が絡んでくる。それは、ある一部分が「接触」しているからなんですね。
こういう風に英語を考えると、「英語は丸暗記するもの」という感覚がどんどんなくなってくる。

 

ネイティブは丸暗記なんかしない

今研究している分野に惹かれたきっかけというのが、リンドナー(※1)という学者の論文の中にあった「前置詞の意味」を読んだことがそもそもの始まりです。そこから学んだことは、「on」を「~の上に」のように英語と日本語を一対一で比較するだけではそのコトバに本来込められているニュアンスは理解できないということ。英語のネイティブスピーカーが日本人のように、いちいちイディオム(※2)を一個一個丸暗記しているとは考えられないでしょ? ではいったい彼らは、ある1つの単語の意味について本当はどのようにして理解しているのだろうか、という疑問が湧いてきたんですね。それで「on」や「out」というような単語の元の意味からいろんな意味に派生させていった母国語話者の発想のメカニズムについて研究するようになりました。

 

1秒4文字とシチュエーション

授業で映画の字幕を取り入れ始めたのが1988年の時。「かわいい魔女ジニー」という昔流行ったアメリカのテレビドラマを教材に使いました。普通に読んだり書いたりするだけじゃなくて、映画を見てそのセリフを翻訳するんです。映画の字幕は1秒に4文字。だから、その制約の中でいかにセリフを考えるかっていうのが英語を理解していく上でおもしろいのではないかと。
例えば、学校の食堂で昔の彼女が主人公の前に現れたというシーンがあるとします。その時、彼が女の子に対して「It`s me! It`s me!」と呼びかける。これを直訳すると「それは私」。でもここにシチュエーションや1秒4文字の制約を考えると「僕だ!僕だ!」と訳す。そうすると臨場感のある訳が出来上がる。
映画の字幕を使うことで英語をただ和訳するだけじゃなくて、その場のシチュエーションも考慮に入れた訳を学生に考えさせるというのが狙いですね。単に言葉から言葉というよりも、シチュエーションということも考慮することで、その重要性を理解してもらうというのが狙いですね。普通に授業をするよりも学生が楽しく英語に接することが出来ますし。

 

英語の研究で見えてきた日本語の仕組み

英語の前置詞や映画の字幕を使って英語をいろんな視点で見ていくうちに、日本語にも興味が出てきました。英語を感じる上でのシチュエーションの重要性は日本語にも言えること。ある英語の一文に、あるシチュエーションを当てはめた時に、その和訳にはそれにあったふさわしい日本語を当てはめなければならない。英語を和訳する時、どうしても直訳で済ましてナニを言いたいのか分からないということってよく起こるじゃないですか。そんな時にシチュエーションの重要性を日本語にも当てはめると、正確で伝わりやすい文章になることが見えてきた。英語の「on」と同じように日本語も言葉にひとつの意味があり、それがベースとなっていろいろと派生していく。英語と日本語を比較することによって日本語にもいろんな発見がありました。
英語と日本語はまったく違うものですが、言語という視点から見れば共通項も多いんですよ。例えば認識の仕方。給料などを数える時、日本人は「高い・低い」で表すのに対して、ネイティブスピーカーは「大きい・小さい」なんですよ。表現は違いますが、見たものを表すという意味では共通するところがある。

 

重い雨

英語を学ぶ上で暗記というのは当然のことながら必要ですが、それに加えて英語を「感覚で身につける」というのも必要なのではないかと思います。オーストラリアの学生が日本に来た時に、彼は大雨の事を日本語で「重い雨」と表現したんですね。英語はどしゃ降りや大雨という表現を heavy rain と表現するというのを考えると、ネイティブスピーカーは英語を覚える時に日本人のようにいろんな引き出しを開けて言葉を当てはめるんじゃなくて、自分の中の大まかな枠組み(重い・軽い・大きい・小さい)の中から自分の感覚で言葉を引っ張り出して使っているんではないかと。
日本人も日本語を覚える時は同じです。例えば、「は」と「が」の使い分けはある程度の年齢に達すれば勝手に理解しているんです。どういう風に使い分けているのかということを説明できる人はそういないでしょうけど、使い分けることは出来る。それは感覚で身につけているからではないかと。英語もそういう感じで覚えていけば暗記する時も違った感覚で身についていくのではないかと思います。
今後研究していく中でまずやらなければならないことは、今まで述べてきた考えを個別で実証していくこと。簡単に言うと、「on」で説明したようにひとつひとつの単語の語源を調べ、単語と語源に共通する意味を見出していく。そしてネイティブスピーカーが言葉を覚えたり使ったりする時、イディオムを丸暗記するのではなく、日常頻繁に出てくるシチュエーションや自分の身体で身につけたことから意味をひねり出す能力というかフィーリング力的なものが絡んでいるということを理論化出来ればと思っています。
(※1)リンドナー プロトタイプ理論(元の意味がどのように派生したかということを理論化したもの)を中心とした英語基礎語彙の研究者。「up」と「out」の研究をしている。
次は研究の一例。「out」という英単語は「外に」「無くなって」「出て」等と訳されるが、それを辿ると「ある空間から一定の人や物が外へ出て行く」という概念が基となっている。「Take out(持ち帰る)」という熟語も店から「外へ持っていく」という概念から派生している。
(※2)イディオム 慣用句。熟語。

 

 

熊田 俊二(教授)

人間文化学科 言語文化論領域 熊田 俊二(教授)
大阪市立大学文学部卒、同大学大学院文学研究科前期博士課程修了。
神戸学院大学在任中に米国カリフォルニア大学サンディエゴ校研究員に。現在人文学部人間文化学科教授。

●主な研究課題
プロトタイプ理論を中心とした英語基礎語彙の研究、前置詞・副詞の意味論、基礎語彙の日英対照研究
●主な著書
接続詞 before・after の用法について(大学・研究所等紀要、2005)
支点(support)を表すon(大学・研究所等紀要、2004)
raise one’s eyebrow について(大学・研究所等紀要、2003)など多数